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自分が自分の好きな服を着るまで

新しい服を買いました。

服を買う時はどうしても自分が「かわいいな」と思ったものを直に触って、試着して納得しないと買えません。昔はワゴンセールの1000円以下のTシャツでも安さを理由にぽいぽい変えてたのにいつの間にか謎にこだわるようになってしまいました。

例え気に入って試着してもフリーサイズで大きすぎたり、似合わないと思うとその場で返却です。

だからか、古くなって捨てたい服がいくつか出てくる一方で新しい服が増えません。何度も何度もお店をぐるぐるまわる日々が続いて、やっと一着買える感じ。なんと生産性が悪いのでしょう。
それでも、私はこのスタイルを止めるつもりはありません。

ネットで買うというのは初めから選択肢にありません。写真と実物が違ったらそれこそお金の無駄だと思ってしまうのです。

昔、着ている服で人生が変わると言った方がいました。その言葉に憧れて、高級服屋に足を運んだ事もありますが、少し安くても清楚感溢れるような生地の服と何が違うのかよく分からず結局何も買わずに店を出ました。だから私の人生は変わらないのか? なんて思うけれど、多分そこで服を買って着ても私の場合人生が変わることは無かったかもしれません。

私は神奈川の田舎に住んでいます。若者向けの服を売っている店なんて片手の指で数えられる程度。だから買い物をする時はいつもすこし遠出して、横浜等の栄えた街に行って服を選びます。

だけれど、たまに東京に行くと異世界に来たかのように皆おしゃれな服を着ていて驚きます。田舎でそんな格好をしたら「なにあれ、奇抜」と顔をしかめられてしまう服。昔、私がまだ若かった頃「おしゃれしなさい!」と友達に押し付けられた服がありました。黒を基調としたパンク系のかっこいい服でしたが、まだまだ自己肯定感がマリアナ海溝より低かった時期でしたので「こんなの着て外に出たら石を投げられる!」と本気で考えて結局友人に送り返しました。あの頃の私が東京の渋谷や原宿を歩いたら泡を吹いて倒れてたかもしれません。
そんな馬鹿な、と思われてもスカートを履いて歩けるようになったのもここ数年の話ですし、ワンピースだって着て外に出るには今も少し勇気を出しています。

女の子でも外出る時はズボンじゃないとダメ、という法則は私が通っていた小学校の暗黙のルールでした。
元々、その学校では「掃除の時間はズボンを履く」というルールがあったのですが、それがエスカレートして「常にズボンでいなくちゃだめ」と生徒の間で生まれたのです。
スカートを履いていたら虐められる学校でした。
中学生になっても「女らしさを出すのははしたない」という女同士の縛りがありました。

「自分が女の格好をしてもいいんだ」って自分に許可を出すまで本当に何年も掛かりました。
でも、やっと私は今になってスカートを履けるようになりました。
それでも、肩を出すような服とか装飾があれこれ付いた小洒落たやつはハードルが高いです。

今となっては、自分の好きを貫いて好きな服を着ている東京の人たちが羨ましいです。

そんな買い物のあとの呟きでした。



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