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【小説】 渡し舟〔5〕 (あらすじ有)

 
《第三の世界で、全く人の気配がしない謎の島を捜索していると、ビニール袋を発見し、人間の形跡を発見する。ギリギリの精神状態の中、それでも生きようとする生命力に、過去の極限状態を思う》


 這いずり回り、その場に突っ伏した僕は死を意識し始めた。どうせ1度は捨てた我が身。どうなってもいい、と思っていたが、いざその時がくると人間は、いや動物は恐ろしくなるのだ。そしてそこには不思議と生命力が宿る。火事場の馬鹿力などと言うが、身体は精神とは違う防衛本能を持っているらしかった。身体の記憶がそうさせるのかもしれない。今、心、精神は死にかけているが、身体が僕を鼓舞している。少しだけ生きようと思えた。
 その時、斜め前上方から大風が吹いてきた。その爆風に枝や枯れ葉や石砂がとんできて、目が開けられなくなった。もう半分以上生きることを諦めていたが、ヘリコプターか何かがきたのではないか、と浅はかにも光を期待した。もう目を開ける気力もなかった。それがヘリではないことなど分かりきっている。それでもうっすらと瞼を開く。するとそこには、見たこともない動物、いや生物が僕の前で大きな羽をばたつかせていた。それはゲームやイメージの中にしかいなかった竜、ドラゴンだった。しっぽは牛や馬のものより太く長く、細かい鱗に覆われており、それをムチのようにしならせてこちら側を叩いている。距離はまだ十分開いているはずだが大きく見える。色はグレー、上り龍みたいな形状ではなく、有名なアニメに出てくるように、カバと象を足して動物ではあり得ないくらい大きな羽をつけて、爪は鋭く牙も生えていた。ドラゴンは恐ろしく大きく強い眼に力を入れて、僕の方をギッと見ている。僕はもう90%覚悟を決めた。あと10%は食べられる前に、この身体が力尽きるのを願った。
 しかし、そのどちらも叶うことはなかった。僕の身体はフッと浮かび天空へと投げ放たれた。わけが分からなかったが、なぜか心地良いと思った。これまでのあらゆる束縛から解放された気がした。自由を感じた。そのうち重力を感じなくなった。ふわりと浮かぶ感覚は雲に乗っているようだった。やはりこの世界は現実ではないのだな。そう考えていると、遠くからわずかな輝きを放ちながら鳥のようなものがこちらに向かってくる。その時は何も考えなかった。頭は空っぽだった。妙な安心感があった。この世界に身を委ねよう。そう思った。それがサバイバルだとしても、死んで生きるよりマシだと心が叫んでいた。

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