猫の額

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猫の額です。ツイッターなどで短歌を投稿しています。短編の小説など。過去作の投稿がメインです。15↑

最近の記事

レモン・イエローの告解

 煙草に火を点けるという行為は、どこか儀式に似ている。細く骨ばって関節のかさつきが目立つ、春田の白い指が煙草を取り上げるのを眺めながら、秋村はそう思った。形骸化した信仰の残滓は、日常に寄り添うようにしてまだ生きているのだ。それをすることでスイッチを入れるような、そういうなにかとしての喫煙。小さな炎からは煙がもうもうと湧いて、ローテーブルの上を蛇のようにのたくっている。その姿がどことなく、秋村には神さまじみて見えた。煙で出来た蛇が這うローテーブルのガラス製の天板の上には、そのお

    • 東の胡蝶

       階段の裏側は、いもむしの腹に似ている。 太陽光にさらされ、じうじうと熱せられた非常用階段に腰かけ、さわ子は思った。ブルーハワイのシロップをぶちまけてしまったような夏の空に、たかく入道雲がいやにくっきりとのびている。鮭の皮みたいな金属の踏み板が香ばしくて、汗と一緒に蒸し焼きにされる。鮭皮とさわ子のホイル焼きである。アルミホイルをそうっと開く幻影が、脳裏によぎる。そういう、ゆだる暑さの真夏の屋外で、少女が何を考えているのかといえば、やっぱり、階段の裏側がいもむしの腹に似ている、

      • 太陽、冬を融かす日輪 北風、春をも凍らす清冽

         自分と正反対だと思う人を挙げなさい。そう言われたなら、私は真っ先に南原陽夏を思い浮かべるだろう。 名前にぴったりの明るさや愛嬌、私の持たないまぶしさのすべてを持つ女の子。誰にでも優しくて、活発で、スポーツ万能で、でも勉強は少しだけ苦手で、男勝りで、バッシュとみじかい髪がよく似合って、スカートは少しだけ折っていて、スカーフがいつも左側だけヨレていて、明るい赤毛で、ポテトチップスが好物で、ピーマンがいまだに食べられなくて、子ども舌で、笑うと両頬にえくぼができて、うっすらそばかす

        • オノマトペ・ライム・ライム・ライム

           雪の積もる音ってどんな音だと思う? 書き出しはこうだ。彼女は決まって、僕が何かを考えこむたびにそんな唐突でくだらない問いかけをしてきたから。その都度、僕は彼女が満足するこたえを与えてやらなければならなかったのだけれど、これが存外むずかしい。僕は一度だって、彼女が「そのとおりだわ」と喜ぶ姿を拝めたことはなかった。僕がうんと首をひねってひねってひねり出した言葉の次に、いつでも彼女は「わたしはそうは思わないわ」といじわるげな顔をして言うのだ。 「しんしんとか、そういうのじゃな

        レモン・イエローの告解

          ペイル・ブルーを呑む

          「どうしても行かなきゃならないのかよ」  先ほどまで助手席で眠っていたはずの春田が、突然目を覚まして言った。古ぼけたプレーヤーをかたく握りしめて、どこか遠くを見るような顔つきで彼は続ける。つい数時間前に春田が黴っぽいだなんて文句を言った暖房が、今は春田自身の長いまつげを揺らしていた。 「なあ、弔いなんていうのはお前のエゴだぞ。分かってるんだろうな、秋村」  乾いたようにうんざりげな春田の低い声が、このおんぼろの車に響いた。おれを咎める響きを持って、その言葉はおれの脳にしみ込む

          ペイル・ブルーを呑む

          中三の読書感想文「ペンギン・ハイウェイ」

           ペンギン・ハイウェイとは。主に南極などで暮らすペンギン達が、海から陸の巣へと帰るとき、必ず辿る道筋の事である。また、この物語においてはある一つの概念的象徴として描かれる道の事でもある。私達人間が、生き物が、地球が辿ってきた奇跡のような歴史が、少年の決意が、このペンギン・ハイウェイという言葉に凝縮されている。そして、この道は世界を形作る循環へ繋がっているのだ。  私がこの本を手に取ったのは、端的に言えば作者を知っていたからだ。森見氏の小説を何冊か読んでいて、この小説も他の作品

          中三の読書感想文「ペンギン・ハイウェイ」