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「カキゴオリ」

かき氷の山に登ろうと決めたのはいつの日だったか。
恐らくそれは、アイツが帰ってきていないことを知った時だろう。

「この憎き山め…」

僕の前にそびえ立つのは、魔の山「カキゴオリ」
挑む者全てをのみ込んでしまうという氷の山だ。

キラキラと美しく見えるその姿は仮の姿で、その中には
とても恐ろしいものを秘めているのを僕は知っている。

慎重に…慎重に…

ザクザクと音を立て一つずつ確かめながらゆっくりと丁寧に進む。
意識を足に集中させながらもその状況の中で僕は
あの時のことを思い出していた。

きっかけはアイツだった。

「俺、あの山に挑戦してみるよ」

親友が「カキゴオリ」に登るのを決めたことについて
僕は最後まで反対だった。

「大丈夫なのか?アイツも、それにアイツだって帰ってこなかったんだぞ」
「だからだよ。自分で行って確かめてくる」

そう言って結局アイツもまたみんなと同じように
帰ってこなかったんだ。

ザクザク…シャリシャリ…

変化していく音に意識が奪われそうになるのを耐えながら
集中を切らさないよう一心に上を目指す。
油断したら最後、足元の氷に穴が空き一気に落下の道をたどる。

そもそもこんな氷の世界で一体どこを探せばいいのか?
本当にこのまま登り続けていいのか?
実際ここまで何の手がかりも見つけることができていない。
これでは魔の山にのまれるのをただゆっくりと待っているだけじゃないか。

「アイツら…どこにいるんだよ…」

あ!まずいっ…
油断した。

その瞬間、僕は暗闇の中へ真っ逆さまに落ちていった。
焦りが体の感覚を狂わせ足元が大きくぶれたのだ。
そして気づいた時にはもう僕は穴へと吸い込まれていた。

…なのに。
穴に落ちたはずの僕はどうやらまだ生きていた。

不思議な色をした水の中に体がプカプカと浮いている。
もしかするとこれは、人を惑わすとされているあの「シロップ」か。
昔一度本で読んだことがある。なるほど。
確かに頭がぼうっとして少しクラクラする。
それにしても一体ここはどこなんだ?

「おーい。お前も来たのかよ」

僕にそう声をかけたのは親友のアイツだった。
あれ?アイツも、それにアイツも…
そこにいたのはあの憎き山を目指した僕の大好きな仲間たちだった。
聞くとみんなも僕と同じようにこの穴に落ちた後
気がついたらここに浮いていて助かったらしい。

「お前も来たんだなぁ。あれ?お前いつもとちょっと違うな?」

みんなに会えたら言いたいことが沢山あったはずなのに
いざとなると言葉が詰まってしまう。
僕がずっと会いたかった仲間たち…なのに。
シロップに平然とプカプカしているみんなの姿に僕は頭が痛くなった。

僕はみんなに早く家に帰ろうと言った。けれど、みんなの反応はとても鈍かった。
みんなこの甘い香りのするシロップのお風呂にどっぷりと浸かり
眠そうな表情でぼんやりしていた。
やはりここは何かがおかしいのだと、僕の心が必死に抵抗していた。

また時間の感覚も狂っていた。
ここに来てからまだ数日しか経ってないんだろうとみんなが口を揃えて言った。
最初のアイツがいなくなってからもう数年が経とうとしているのに…
まさか氷のせいで時間が止まっているのか。

僕は、僕の全てが凍りそうになるのを感じた。
ここにいてはダメだ。一刻も早く出なければ。

「みんなよく聞いてくれ。ここは危険だ。すぐにここから逃げるぞ!」

とにかく早くここから脱出しなければ。
親友のアイツさえも「ここで…楽しく暮らそうぜぇ…」などと言っている。
冗談じゃない。
このままでは僕たちみんな完全に凍ってしまう。

「ダメだ!みんなで無事ここを出て家に帰るんだ!」

聞くとこのシロップは少しずつ量が増えているということがわかった。
今はその情報くらいしか役立ちそうなものはなさそうだ。
だとすればこのシロップを使って外へ出るしかない。

脱出方法はこうだ。

「みんな!一斉に同じ方向へ回れー!」

流れるプールの如くみんなで勢いよくシロップの中を同じ方向へと回る。
回転力が上がるにつれスピードが増し、中央に大きな渦も現れ始めた。
振動のせいか上から次々にシャリシャリと氷が降ってくる。
僕たちを囲っていた氷の壁もゴゴゴゴ…と大きな音を立て唸り始めた。
それはこの空間が着実に壊れ始めていることを意味していた。

僕の狙いはこの大量にあるシロップで渦を作り
氷の壁を壊すことだった。

渦と共に波はどんどん大きくなり、しばらくするとドンっと大きな音が響いた。
直後、氷の壁に穴が空き、そこから一気にシロップが流れ出す。
僕たちはそのシロップの波に乗ってとうとう壁の外へ脱出した。
見上げると魔の山「カキゴオリ」は あっさりと崩れさり
最後にはシロップの湖だけが残されたのだった。

「あれ?俺たちここで何してるんだ?」

氷の世界で凍らされかけていたせいだろうか。
みんなこの状況をあまり理解できていないようだった。
僕がこれまでの経緯を説明するとみんなはとても喜んだ。
落ちた先のシロップで自分が助かったところまではわかるのだが
そこから先のことはぼんやりとした記憶しかないということだった。
ちなみにシロップは氷の空間から出たことで成分が蒸発したらしく
あの甘い香りだけでなく人を惑わす効果も消えていた。

それでもみんなで一緒にシロップで渦をつくったことは
全員が覚えていた。

「あれ、楽しかったよな。またやりたいよなぁ」
「こんなに大きな湖もできたことだし、またみんなでやるか!」

何を呑気なと思いながらも、こうしてまたみんなと笑い合えることが
僕は本当に嬉しかった。
親友のアイツにも「ありがとな」などと言われ、改めて僕は
みんなが無事であったというこの素晴らしい奇跡を噛み締めていた。


魔の山「カキゴオリ」
こいつがいつまた現れるのか正直それは僕にもわからない。
けれどもしまた僕たちの前に現れたその時は…

その時は僕たちみんなで何度だってのみこんでやるさ。


(おしまい)

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