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ピアノと小説

音のない音楽室で読む本は格別だった。

長い昼休みあるいは放課後、僕の気が唯一休まる時間だった。

教室は人の声がうるさいし、家に帰れば孤独が教室よりもうるさく響いた。

その点、音楽室はいい。校舎に誰かしらはいるから、その気配が僕を孤独にさせない。

小説に、物語に没頭できる最適な場所だ。

物語は終盤、ページを捲る手が止まらない。

突然、何かの音が耳に飛び込んできた。

それがピアノの音だと理解するまでそう時間はかからない。

いつの間に入ってきたのだろうか、同じクラスの四宮さんがピアノの前に座っていた。

僕は本を開いたまま彼女に見惚れた。

彼女が弾くピアノの音はとても優しくて心地いい。

細い指、肩口まで伸びた髪、閉じた目、その全てが美しく思えた。

ああ、この曲をBGM代わりに小説を読めるなんて僕は幸せだ。

そう思いながら、目を本に落とした。

ページを捲る手がまるで動かない。

僕は彼女に気付かれないようにそっと音楽室を出た。

やっぱり、ピアノの音はうるさかった。


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