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【2000字のドラマ】その笑顔は私じゃなくて

左耳のピアスを外してイヤホンを付ける。
目の前の鏡でもう一度確認した。
長く伸びた髪は都合良くイヤホンを隠してくれている。

よし、心の中で呟くと左耳に、機械を通してくぐもった音が流れた。

『K、聞こえるか? 応答せよ』

何をふざけているんだかこんなときに。
私はわざとらしくため息をついてそれに答える。

「ねえ凪沙そーゆーのいいからちゃんと頼むよ」

『なによー。ノリ悪いわね。楓が緊張してるみたいだからほぐしてあげようとしてるんでしょう』

「緊張するに決まってるでしょ。初デートなんだから」

『初デートって』
凪沙が我慢し切れないといった様子で吹き出した。

「なんで笑うのよ」

『いやだってさ、学校から一緒に帰るだけでしょう? それをデートって呼んでいいの中学生までだから。私たちもう高三だよ? うぶが制服きて片耳だけイヤホンしてるの?』

「片耳にイヤホンは関係ないでしょ。それにうぶとか今時使わないから。おじさんが制服脱いでパジャマに着替えてポテチ食べてんの?」

『なんで電話で私の今の状況わかるのよ。すごいわね』

「もうふざけてないで行くからね」

『了解。まあ任せてよ』



裏門を出て少し歩いたところに、スマホをいじりながら退屈そうに待つ彼の姿があった。

彼のもとに慌てて駆け寄る。

「竹之内くん、ごめんね待った?」

私に気が付いてスマホをポケットに仕舞った。

「ううん。待ってないよ、全然」

彼が柔和な笑顔をこちらに向けたからか、少し走ったからなのか、私の鼓動が突然早くなるのを感じた。

「あの、えっと……」

「行こっか?」

私から誘ったくせに言葉が出てこない。そんな私に彼は優しく前を促してくれる。彼はなんと優しく、私はなんと情けないのだろう。

二人同時に歩き出す。

無言の中、左耳から聞こえる笑い声だけがうるさい。

『何してんの? なんか喋りなよ。 えっ? 本当に二人で帰るだけ? 無言で? 何これ、規模小さめの集団下校?』

集団下校ならもっとワイワイしてるでしょ、と凪沙に返す言葉ならいくらでも思い付くのに、彼と話すとなると何も出てこない。
DM(ダイレクトメッセージ)ならあんなに話せるのにどうしてだろう。

『趣味の話とかなんでもいいから。ほら竹之内くん映画好きだってDMでも言ってたじゃん。最近観た映画とか、おすすめの映画とか聞いて』

そうだった。凪沙にDMの内容を全部見せておいてよかった。竹之内くんには申し訳ないけど……。

「あっ、竹之内くん映画好きなんだよね? 最近って何か観た?」

「観たよ。【君が揺れたのは、僕のせいじゃなかった】っていう映画なんだけどすごく良くて……」

ゆっくりと話し出す彼の目を遠慮がちに覗きこむ。
その映画を観ていないから平坦な相槌を打つので精一杯だった。

「楓ちゃんは観た?」

いつの間にか終わりが疑問符に変わっていることにも気が付かずに、私は未だに曖昧な返事を繰り返していたようで、左耳から聞こえる声で我に返った。

『主人公の男の子が最後に振り返った時、泣いてたと思う? それとも笑ってた?』

素早く状況を察した凪沙が次に言うべき言葉を私に与える。なんと心強いのだろう。
私はとにかく、聞こえた言葉を左耳から口へとそのまま流した。

「それ、俺も気になってたんだ。最後のあの顔でさ、解釈が変わってくると思うんだけど……」

飛び切りの笑顔をこちらに向けて、楽しそうに語り出す彼を観て私も嬉しくなる。
ナイス、指で三回イヤホンを小突く。凪沙がこの映画を観ていてくれて良かった。
こんな事なら凪沙から誘われた時に観に行っていればよかったのに。

「楓ちゃんはどう思った?」

『たぶん泣いていたと思う』
私は凪沙の言葉をそのまま伝える。

「俺もそう思った」

「どうして?」

「だってさ……」


「『最後に揺れたのは僕だったんじゃないかなって』」

二人はほとんど同時に、同じ解釈を私の両耳に流し込んだ。

私は咄嗟に左耳のイヤホンを取る。

「でもさ、楓ちゃんとこんなに話が合うとは思わなかったよ。ちゃんと会って話したのって今日が初めてなのに、すごく楽しい」

胸が途方もなく痛かった。

竹之内くんが向けた笑顔は本来、私に向けられるべきものじゃなかったのに。

「竹之内くん」

「どうしたの?」

「私、用事思い出しちゃったから先に帰るね」

「え?」

私は返事も聞かずに走り出した。

途中振り返ったのは伝えるべき事を伝えたかったからだ。

「竹之内くーん。今度、私の親友を紹介するね。きっと仲良くなれるから」

怪訝そうな顔を浮かべている竹之内くんに向かって私は手を振った。

泣くな。泣くな私。

「ばいばい」

竹之内くんに私の表情がはっきりと見えるようにできるだけ大きく、笑って手を振った。

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