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土 地球最後のナゾ(藤井一至著)㊤   

この本に出合うまで、土について考えたことは全くありませんでした。サブタイトルには「100億人を養う土壌を求めて」とあります。そう言われてみれば、穀物や野菜.果樹.牧畜など私たちの食べ物の多くは、土に依存しています。

「土は地味だ」と著者である藤井一至かずみち氏は、たびたび自嘲気味に述べられています。が、ルネサンスの巨匠レオナルド.ダ.ヴィンチはこう語ったそうです。「我々は天体の動きについての方が分かっている、足元にある土よりも」天才はやはり目の付け所が違うのでしょうか。

土というテーマはなじみがなさ過ぎて、やや読みづらい。けれど、繰り返し読んでいると、世界観が変わってきます。地に足を着けて考えるとは、このようなことかもしれません。では、身近なのにナゾに満ちた土の世界をのぞいてみましょう。抜粋してご紹介します。




土 地球最後のナゾ(藤井一至著)        

                          2018年出版 光文社新書 962  920円

著 者  土の研究者、
国立研究開発法人森林研究.整備機構森林総合研究所主任研究員、多数の学術賞受賞、著作『大地の5億年 せめぎ合う土と生き物たち』(山と渓谷社)など。
1981年 富山県生まれ、京都大学農学研究科博士課程修了、カナダ極北の永久凍土からインドネシアの熱帯雨林までスコップ片手に世界各地、日本の津々浦々を飛び回り、土の成り立ちと持続的な利用方法を研究している。



地球の土壌

読んでまず驚くのは、「土は地球にしか存在せず、月や火星にはない。」。じゃあ、アポロ11号月面着陸でアームストロング船長の足跡を刻んだ、月面の砂状の物は土ではなかったのか?えぇ~?

 世間一般では、これも土と呼ぶかもしれない。しかし、専門家の集う学会の定義する「土壌とは」、岩の分解したものと死んだ動物が混ざったものを指す。この意味では、動植物を確認できない月や火星に、土壌はないことになる。あるのは岩や砂だけだ。この命のない”土”の材料はレゴリスと呼ばれ土とは区別される。

『土 地球最後のナゾ』 P19~20

これによって(動植物の働きにより)、土壌は単なる粉末の堆積物ではなく、無数の生物すむ、通気性、排水性の良い土となる。これが地球の土だ。

同上 P33
カラー写真が多い 『土 地球最後のナゾ』図7 P24



腐 植ふしょく

土と月の砂の境界が説明されたようですが、レゴリスは初耳なのでピンときません。補足すると、月の細かそうな砂粒子は、実は地球の粘土粒子より50倍以上も大きい。水や酸素や生物の働きがないと、岩石は土にはなれないそうです。その働きとして腐植(図9)が挙げられています。(土の黒色の正体だとも書かれています。)

 腐植とは、その名の通り「腐った植物」に由来する。落ち葉や枯れ草や根といった植物遺体に限らず、動物や微生物の遺体やフンも材料になる。(略)新鮮な生物遺体が原形をとどめないほど細かく分解され、腐葉土となる。腐葉土はさらに変質して腐植となり、一部は粘土と結合する。古いものでは数万年前、氷河期のマンモスや縄文時代の炭に由来する炭素原子まで土の中に残っている。高度に発展した現代の科学技術を結集してもなお、複雑すぎて化学構造も部分的にしか分かっていない驚異の物質である。土の機能を工場で再現できない理由もここにある。

同上 P28


                 同上 図9 p26


「腐植を作るレシピは、今のところ、無数の微生物しか知らない」と文章は続き、驚異の物質らしく何だかすごそうですが、分かりづらい。では、具体的に土の中を観察してみると…

地球の土壌の中には、冷蔵庫とは比較にならないほど多くの微生物が住んでいる。スプーン一杯(5グラム)の土壌には、細菌(バクテリア)が50億個体もいるという。そこにはカビやキノコ(まとめて菌類)も同居していて、5グラムの土の中に10キロメートルの菌糸を張り巡らせている(図11)。計測した研究者には頭が下がる思いだ。不名誉にも「バイキン」と一括されることもあるが、細菌と菌類は落ち葉を分解し、腐食へと変換している。もちろん、微生物それ自体は生きるためにエサを食べ、呼吸し、食べ残しや排泄物、死骸を残しているに過ぎない。その結果として、生物遺体やフンから栄養分(窒素やリン)がリサイクルされ、また新たな命を育む。

同上 P29~30 

土のスプーン一杯(5グラム)の土に細菌(バクテリア)が50億個体も中にいた、おまけに10キロメートルもの菌糸を巡らせていたなんて、驚くしかありません。また、それらあまたの微生物が生命の循環を支えてくれていたなんて… もはや私は、めまいを覚えます。

                                同上 図11 P29



土色の多様性

では、「これはいい土だ」と農家の人が言う時、何が基準なのでしょうか?土の色と手触りは、土の肥沃さを判断する手がかりになるそうです。「腐植の多い日本の火山灰土壌は黒くなりやすい。」ということですが、世界の人々がイメージする土色は多様です。

 風景画の背景の土を塗るとき、子供の頃の私は迷わず黒色の絵の具を選んだ。日本人なら「黒色」「こげ茶色~黄土色」「灰色」を思い浮かべる人が多いだろう。黒色と答える人は、北は北海道、東北から関東、九州まで日本全国にいる。赤色を選ぶ人は、沖縄や小笠原諸島に多い。世界を見渡せば、アフリカ中央部の子供たちは赤色の絵の具を手に取る。中国の黄土高原の子供たちは黄色、スウェーデンの子供たちは白色の絵の具を選ぶ。私たちの潜在意識には、確かに土の記憶が存在する。
 色は、土の性質をつかむ上で重要な手がかりだ。土の構成成分のうち、腐植は黒色、砂は白色、粘土は黄色や赤色である。土の色は、腐植、砂、粘土の量のバランス、粘土の種類によって決まる。

同上 P34

常識的に土はこげ茶だと私は思っていましたが、どうやら個人的な体験に過ぎなかったようです。決めつけた考え方をしていると、逆に見えないことが増えるのかもしれません。



土 壌 学

それだけ色が違えば、土の種類も異なります。そして、分類上の名前として、土はたった12種類しかないそうです。(生物では昆虫75万種、植物25万種、キノコ7万種だとか。)

土に近代科学のメス(スコップ)が入るようになったのは、〔土壌学の父〕ドクチャエフ〔ロシア〕が活躍した150年前のことだ。彼の少し前を生きたチャールズ.ダーウィンに触発されたという。〔土壌の材料となる岩石(地質)や地形、気候、生物、時間という五つの環境条件によって、土も変化する〕ことを発見した。穴掘り名人たちが世界中の土壌を調査し、類似する土壌を大胆にまとめていくと、世界の土はたったの12種類になった。農業利用のためであるが、ずい分大胆に分けたものだ。

同上 P49

150年前と言えば明治維新の頃なので、土壌学はそう古くない学問かもしれません。にしても、土が学術研究の対象であり12種に分類されているって、やはり意外な気がします。今までの内容でも驚くことは多いのですが、まだ導入部の一章です。


次回の㊦では、「100億人を養う土壌を求めて」という著者の主張に耳を傾けたいと思います。また、12種類の土、土壌改良、日本の土などについて紹介できればと思います。


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