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なぜサッカーというスポーツから世界や社会が見えてくるのか?―清義明『サッカーと愛国』


1.なぜサポーターとナショナリズムは無意識に結びつくのか

いろんな本を読んでいると「ずっと本棚に置いておきたい本」が何冊も出てくる。なぜ置いておきたいか。それぞれの本に理由がある。僕にとってその一つが「読んだときの興味や関心に応じて、気になる箇所がまったく違う本」であることだ。

『サッカーと愛国』はまさに自分が読む時期やそのとき考えていたり関心があるものに応じて、じっくり読むところと飛ばしながら読むところが変化する。

サッカーはナショナリズムと親和性がある。これを前提に著者はサッカーのサポーターとナショナリズムや差別が結びつくことで生ずる出来事や背景を丁寧に掘り下げている。

その内容は多岐にわたる。渋谷の交差点で大騒ぎする日本代表好き、日韓W杯とネット右翼とサポーターの関係、旭日旗や「JAPANESE ONLY」の横断幕、在日コリアンの選手、黒人選手とバナナといったトピックである。

清さんの強みは国内外問わずサポーターの中にどんどん飛び込んで話を聞いてくるところだ。韓国のサポーターから旭日旗などのデリケートな話題を振って思いを聞き出したり、Jリーグの試合でバナナを振りかざして無期限入場禁止になった横浜F・マリノスサポーターとは喫茶店で詳しく話を聞いたりしている。

こういったフィールドワークができたのは清さんがマリノスサポーターとしてかなり深く活動してきた背景も大きいだろう。そして彼は時事や歴史の視点だけでなく、サポーターの視点の両方を持って様々な事象を論じている。

これによってサポーター文化で当たり前とされていることが無意識にナショナリズム問題と接触を起こして問題が起きているなど、サポーターだからこそ起こりうる構造もすっきり理解できる。

2.きみは本当に「ヨーロッパ」を知っているのか?

とはいえ今回僕がこの本で興味を持ったのはこういった諸問題の話ではなかった。主に最後の章でまとめられていた各国のサポーター事情の紹介である。

一般にフーリガンは暴力的かつ右翼的、差別的だとイメージされがちだ。でもそんな単純化されるものではない。やはりサポーターは多様であると清さんは教えてくれる。

たとえばイタリアで最初にウルトラと呼ばれるサポーターグループは1960年代後半から70年代初頭に生まれた、ACミランの「フォッサ・ディ・レオーニ(ラインの穴)」と「ブリガーラ・ロッソネーレ(赤黒旅団)」だと言われている。この2つは元々政治的には左派である。

そんなブリガーラ・ロッソネーレの創設者のひとりとされるのが世界的哲学者で政治活動も行なっていたアントニオ・ネグリだ。実際はなかったとされているが、彼はイタリアの左派テロ組織「赤い旅団」との関係が疑われ逮捕された経験がある。奇しくもウルトラ、左派組織のどちらも「旅団」である。

だからといってイタリアのサポーターグループが皆左派というわけではない。ラツィオのグループは排外主義的傾向が非常に強い。イタリアだけみても多彩なのだ。

トルコの3強クラブであるガラタサライ、フェネルバフチェ、ベシクタシュは成り立ちや歴史は違うし、試合では互いが互いを潰しあうライバだ。しかし実はそれぞれ反権力や左派的、リベラルなバックグラウンドを持っている。

そんな3クラブのサポーターが実は共闘して大きなうねりを起こした。2015年のエルドアン体制に対するデモへの参加である。普段から機動隊との戦いには「なぜか」慣れている彼らは催涙弾に対する反撃や手当てに大活躍だったようだ。

他にもドイツのザンクトパウリがなぜオルタナティブクラブになり得たのか。その背景を日本語でしっかり書いてくれてるのはこの本だけだろう。ちなみにザンクトパウリのグッズは高円寺のある服屋でかつて買えたそうだが今でも買えるのだろうか。

サポーターのあり方というものがよくネット上では議論される。そのときに「ヨーロッパでは」という話が「ヨーロッパぽくありたい」側からも「別にヨーロッパの真似せず日本独自の道にいこう」側からもされることを見かける。

しかしどちらの側も実はヨーロッパのサポーターのことをそこまで知らずに雰囲気やイメージで議論に利用している気配を感じる。

よく海外サッカー好きからJリーグをバカにされて怒る人がいるが、そういう人がふんわりとしたイメージでヨーロッパサッカーやサポーターを引き合いに出すのは胸が痛くなる。自分がなめられるのと同じように自分も海外をなめてることに気がついていないからだ。

「世界を知る」というのはなかなか難しい。でもこの本は世界を触れて学びにし、自分で何かを考えることに役に立つはずだ。

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