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固有名詞がエピソードを豊かにする―土屋雅史『蹴球ヒストリア』

サッカー好きとして自分はこういう本を待っていたのかもしれない。

選手、指導者、スタッフ。サッカークラブに関わる人々のインタビューを集めたものだ。とにかく一人一人のインタビューの密度が濃い。1ページ2段組みにして文字を詰めてるくらいの濃さである。

一般に雑誌などのメディアのインタビューだと文字数も限られており、ざっくりとした話や最近のトピックにまつわる話がメインだ。もちろんその限られた情報からいかに行間を読み解くかもインタビューを読む面白さではある。それでも物足りないと感じることの方が多い。

この本は違う。ほとんどの人はまず生い立ちからはじまる。そこからキャリアの歩みを丹念に追い、学んだことや失敗したこと、嬉しかったことをさらけ出してくれている。

それぞれのインタビューに共通して言えることは「固有名詞の多さ」だ。インタビューする側もされる側も個人名をどんどん口にしている。

とある本に載っていた記憶があるのだが、固有名詞には情景を具体的かつ身近にする力があるのだという。この本を読んで僕はそれをとても感じた。

知ってる名前でも知らない名前でも固有名詞が出てきた上でエピソードを語られると、なぜかその話が頭の中に立体的に現れてくる。知ってる名前だったら、より生き生きと脳内で動画としてエピソードが動いてくれる。

こんなに固有名詞が大量に出てくるのは著者の土屋さんの腕だと思う。ご自身が類稀なるサッカー知識の持ち主であり、その上でしっかり相手のことをリサーチしている。だから相手の発言の補足もできるし、相手がどんな名前をつぶやいても理解できる。そんな人だからこそ、みんな安心して固有名詞全開のエピソードトークができるのだろう。

僕が一番面白かったのは中村順さん(ヴァンフォーレ甲府アカデミーヘッドオブコーチング)のインタビューだ。高校2年生でサッカーのメカニズムを知りたいと思った中村さんが様々な指導者や選手と出会い「サッカーとは何か」を追い求める軌跡をたどっていける。

サッカーを知りたい、分かりたいと思ったことのある人には必ず興味深いものだし、中村さんの言葉には「サッカーとは何か」のヒントが転がっている。「サッカーの見方って覚えることも考えることも多いなあ」と思った時に立ち返れる原点が中村さんのインタビューに詰まっている。

ピム・ファーベーク(大宮アルディージャの元監督)やジークフリート・ヘルト(ガンバ大阪の元監督)のエピソードを読むと、ヨーロッパの監督は常に「未来のサッカーはどうなっているか」を予測しながら戦術を考えているのではと思う。ミハイロ・ペトロヴィッチ(ミシャ)(北海道コンサドーレ札幌監督)もその気があるように見えてたので、少なくともヨーロッパではみんなトレンドではなく自分なりに未来を見てるのかもしれない。

森保監督(日本代表監督)も面白かった。指導者になってからのキャリアを語っているのだが、この章が北海道コンサドーレ札幌サポに一番読んでほしいところかもしれない。森保監督によるミシャ評が語られているからだ。

森保監督が言うにはミシャは「天才」らしい。頭の中にすべてのことが入っていて、日々のスケジュールも当日にならないとスタッフにわからなかったそうだ。

今も森保監督の言った通りなのかはわからない。しかし僕は「骨子の部分を自分の頭の中にしか置いとかずブラックボックス化してるからミシャは練習を全面公開しても痛くもかゆくもないのでは?」と仮説を立てたことがあったので、その話がなんとなく仮説と繋がった気がした。

また「ミシャさんは天才なのでコピーアンドペースト」できないという話もしている。コンササポの中にはポストミシャを不安に思う人もいるだろう。この言葉はもちろん、森保監督がミシャからどのようにチームを引き継いだのかはポストミシャを考えるヒントになるはずだ。

12人全員、どのインタビューも気になる言葉やエピソードがいくつもあった。ぜひシリーズ化してほしい本だ。こういったインタビュー本がどんどん出るとサッカー本市場も面白くなるし、サッカー好きの目線の多様化や豊かさに繋がっていくだろう。

ちなみにインタビューを受けた12人中5人がなんとヴァンフォーレ甲府関係者。サッカー好きならみんなにおすすめであるが特に甲府サポは必読の一冊である。

以下、補足。中村さんと森保監督以外の紹介しなかった10人についても感想を簡単に書くことにする。

吉田監督(ブラウブリッツ秋田監督)。トップチームまで行けなかった人からみた読売クラブのすごさが語られてるのが新鮮だった。

川﨑選手(京都サンガ)。間違いなくチョウキジェ監督は個別指導の先生か家庭教師が天職。

中谷選手(名古屋グランパス)。風間監督が守備の指導に力を入れたときの話がおすすめ。

三浦選手(ジュビロ磐田)。GKの控えとフィールドプレイヤーの控えの気持ちのギャップの話が興味深い。

四方田監督(横浜FC監督)。当然ながらコンササポは誰もが正座して読むべき章。サッカー好きから過小評価されてる監督の一人だと思う。

鷹野さん(ヴァンフォーレ甲府広報部長)。卒論で応援ホームページ作ったら広報部長まで上り詰めたわらしべ長者。

大木監督(ロアッソ熊本監督)。アルディレスのエピソードが一番好き。北海道でのゼーマンとの出会いも読みたかった。

藤田選手(シントトロイデン)。「夢」についての話が素敵だった。

南選手(大宮アルディージャ)。イメージと違ってた選手。このインタビュー読むと菅野選手にも話を聞いてほしくなる。

小林さん(ギラヴァンツ北九州SD)。サンフレッチェ広島がなぜ吉田町(現・安芸高田市)に感謝し続けるのかがよくわかる。

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