見出し画像

ショートショート「できれば、現世で。」

「不可逆であるものは、美しいんだよ。」

なんだか小難しい事を言いたがる、いわゆるちょっとイタい年頃に差し掛かっていた私の発言を無視して、彼女は自室で自作の詩と絵を描いていた。思えば、あのあたりの年齢のイタさなんて、どっちもどっちだ。

あの時はたぶん、ネコ型ロボットが主役の国民的アニメについて、意見をぶつけようとしていたのだと思う。きっとタイムマシンについて考えていたのだ。時間とは、不可逆である。流れたものは戻らない。

思い出すのは、いつ遊びに行っても散らかっていた彼女の部屋の光景ばかりだ。あの部屋からは、燃えるゴミをたくさん出したな。燃焼もまた、不可逆である。灰になったものは戻らない。

「人生から逃げ切ったとしても、私から逃げ切れると思うなよ?」

私の涙腺は、なんとも私によく似た頑固さで、流れた涙はたったの数滴。正直言って、こんな日ぐらい、もうちょっとグシャグシャになるまで泣かせてくれよ!と思わずにはいられなかった。よく知る友人たちは「最高の弔辞だった」と、泣きながら笑っていた。

あの日から、私は彼女の夢を見ていない。

恐らくは、命もまた不可逆なのだろうけど、できれば現世で、私は彼女にまた会いたい。

気の向いた方、面白かった!と思われた方は、宜しければサポートをお願い致します。音楽にまつわる楽しいことの企画・運営へ、大切に使用して参ります。また、愛読書感想文と読書録に頂いたサポートは、書籍購入費に充てて参ります。