葬儀で知った祖父の心のありかた
僕が中学生の頃、母方の祖父が亡くなった。亡くなる前に、脳溢血で倒れ、一命を取り留めたものの、自宅に戻ってから会話もままならず、歩きながら糞尿を垂れ流し、それでも何年かは生きながらえた。
その祖父が、亡くなったという訃音が深夜に届いた。
特別、悲しい感情は無かった。祖父は死んでも僕の心の中にいるし、いつでも話せる。そんな気持ちを、祖父が倒れてから整えていたからだと思う。
『人が死ぬってどういうことだろう』『死ってなんだろう』
真剣に考えたのは、祖父の死期が近い、と感じ取ったからかもしれない。自分なりに『祖父の死』と向き合う準備を整えなければ、と。
人はいつしかこの世から去る。これは生まれてから絶対的に動かせない事実で、これを運命という言葉だけで片付けてしまうのは、もったいない。人は不思議なもので、目の前に相手と話しているようで、話していなかったり、目の前にいない人と話していたりする。
『人は見たいものしか見ない』とは良く言ったものだと思う。『人は話したい人と、話している』のだと思ったのだ。それは、肉体を超えて、場所を超えて、行われる。
あまりスピリチュアルなことを持ち出すのは好きではないが、こういったことは誰しもがしていることなのでは思う。
『自分が見えている相手』と人は会話をしている。視覚に情報として存在しなくても、だ。
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僕にとって祖父は、どこにいても話し相手だった。今日はこんなことがあったよ、部活頑張っているんだ、優勝したんだ、なんて話し、何回話しただろうか。
目の前にいなくても、心の中で祖父はいつでも笑顔で、頭をなで、耳を舐め(一緒に寝るときに何故か祖父は僕の耳を舐めて、くすぐってきた)、全身全霊で僕を愛してくれた。
祖父以上に、なんの混じり気も作為もなく、僕自身の存在をまるっと受け入れてくれた人は、いないだろう。
だから、いつだって恐怖や不安に苛まれたとき、僕は祖父に会いに行く。心がスッと宇宙に移動し、そこには笑顔の祖父がいるのだ。
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肉体的に消滅しても、直に肉体に触れることができなくなっても、耳を舐められることができなくなっても、祖父は僕の一番そばにいることを、僕は知っていたのだ。
だから、亡くなっても悲しくなかった。『これからもよろしくね、爺ちゃん』そんな思いを抱き、訃音を聞いていたのだった。
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僕にとって初めての葬儀だった。勝手もわからず、学生服を着て、親族に挨拶をしては、『爺ちゃん、葬儀って慌ただしいんだね。あっちもこっちも爺ちゃんに関係ないことばかり話していて、主役は爺ちゃんなのにね、ごめんね』と心でつぶやいては、孫としての責務を果たそうと必死だった。
しかし、会場に入ってそんな気持ちは吹き飛んでしまったんだ。
会場には300人を超える人、人、人。
皆、僕が知らない人ばかりだった。
祖父は元国鉄の運転手だった。特段、著名な人物でもなければ、権力と程遠い人物だったし、田舎でいつもタバコを燻らせ、畑を耕し、孫を可愛がる爺ちゃんだった。
それなのに、これだけの人は、どこから来たのだろうか。とても不思議だった。
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ある人が、僕に声をかけてきた。『十五(とうご)さんのお孫さんですか?』
僕が会ったことの無い人だった。
『はい、そうです。本日はお越しいただきありがとうございます。祖父とはどういった・・・?』
『今日は和歌山県から、飛んで来たんですよ。私の父が十五さんに大変お世話になって、ずいぶん良くしてもらったみたいで。お悔やみ申し上げます』
和歌山県から・・・?
また、別の人から声をかけられた。
『お会いしたことは、1度だけだったんですけど、十五さんには本当にお世話になって。あの頃は私自身つらい時期だったんですけど、おかげで助かりました』
こういった内容が、何人からも僕に向かって話されたのだ。
爺ちゃんはさ、どんな人でも助けを求めている人がいたら、見返りを求めず、心から心配して、自分ができることで助けて、支えた人だったんだね。優しいね。って、その時思ったんだ。
そういえば、来客があるたび『お返しはいらねー』ってぶっきらぼうに言ってたのは、そんな矜持があったからかな。
爺ちゃんは、そんな優しさを、色んな人に配って、亡くなったんだね。僕は今まで知らなかったな〜知りたかったな〜。
その時、初めて祖父の偉大さを感じたのだ。そして、祖父は僕の誇りになった。
目の前で苦しんでいる人や助けを求めている人に、何を要求するわけでもなく、助ける。世の中、支えあい、支えられて成り立ってるんだよ。
そんなことを、死して僕に教えてくれたんだ。そう思った。
祖父とはいつでも話せるけれど、やっぱり、身体があったほうが良いね。爺ちゃん、また耳たぶ舐めてくれないかな。もう、僕は35歳だけれど、あなたの孫で本当に良かったと思う。
爺ちゃん、また話そうね。葬儀なのに、皆笑顔だったよ。爺ちゃん、最後まで凄かったね。
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