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驕りを捨てて旅に出よう。

うつ病を抱えて15年、40歳になった今では、病気と折り合いをつける方法も少しずつわかってきた。とはいえ、突然現れる壁にぶつかり、そのたびに「何がいけなかったのか」を考えながら進んできた。見えない傷が知らず知らずのうちに増え続けていた。

新卒の頃は、輝かしいキャリアプランやライフプランを夢見て、それに向かってエイエイオーと仕事に打ち込んでいたが、そんな理想はあっさりと崩れ去り、気がつけばうつ病にかかり、体力も気力も失った。そして、未来を考えることさえ無意味だと思うようになった。

この体験から、「中期的・長期的なプランを考えること自体、無意味だ」という価値観が生まれた。病気を抱えながらも生き延びてきた、というわずかな誇りが、その価値観を強固にしていたのだろう。

その後、職業的な肩書きにこだわることもなくなった。デザイナーやエンジニアといった職種に固執することなく、ただ「自分と同じように病気になる人を減らすための活動」に関心が向くようになった。

多くの組織は何かしらの「目的」に向かって人が集まり、それを実現するために様々な技能を持った人々が雇用されている。だが、僕は「職種」にこだわらず、必要だと思ったことには手を出す、というスタイルで生きてきた。

社会人として働いた時間と、病気で休養していた時間がほぼ同じくらいの自分にとっては、この「なんでもやる」という動き方が、一種の生存戦略だったのだ。

そのため、今でも「自分は何者なのか」と悩むことがある。しかし、目指している「コト」に貢献できていると実感できれば、その悩みは些細なものに過ぎないと思える。

フリーランスになってからは、さまざまな企業や組織、人々と出会い、会社ごとに異なる文化や価値観にも触れてきた。そこで感じたのは、「自分の価値観に執着しすぎていないか」「今の会社にしがみついているだけではないか」という問いだ。

技術革新が驚異的なスピードで進み、ビジネス環境や政治情勢が複雑化する中で、自分が向き合っている「コト」をより良くしていくにはどうすればいいのか。僕がたどり着いた答えは、「今の自分やポジションへの執着を捨て、新しい価値観やスキルを取り入れてアップデートしていくこと」だ。

技術も会社も、明日には不要になるかもしれない。そんなものにしがみつくのではなく、それらが自分の価値だという驕りを捨て、常に進化していく旅に出る必要があるのだ。

少子高齢化が進む今の日本では、変化を恐れずに旅に出ることはリスキーに見えるかもしれない。しかし、もともと人間は自然や動物といった脅威の中でサバイブしてきた生き物だ。その生存本能を今こそ発揮すべきだと思う。

そして、僕は今から小休止をとる。おやすみなさい。

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