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アイスコーヒーと冷やしきつねうどん

近所のアパートが取り壊されていた。
狭い路地裏に、重機が行き交い、ガガガ、ガガガと大きな音を立てている。

建物が取り壊されることなんて、過ぎ去ってしまう日常の一コマにも満たないとても些細なことだ。

こと、東京では、あちらこちらで、ガガガ、ガガガ、が鳴り響いている。

僕は毎日自宅のデスクに座って、2枚のモニターを眺めながら仕事をしては、その、ガガガ、ガガガの前を通りコンビニへ行き、アイスコーヒーと冷やしきつねうどんを買って帰る。

それが僕の日常だ。

ガガガ、ガガガ、がちょっと集中力を削ぐ程度で、何も変わらない。

・・・・

桜が咲く頃、ガガガ、ガガガ、から、ゴロゴロ、ゴロゴロという音に変わった。大したことはたい、トラックが壊したアパートの破片を運んでいるだけだ。

これも、東京では、あちらこちらで鳴り響いている音。特別なものではない。

近所に咲く桜が満開となり、ハラハラと花が散り、風に待って空を見上げる。

そろそろ、夏だ。

僕は相変わらず、ゴロゴロ、ゴロゴロ、の前を通り過ぎ、アイスコーヒーと冷やしきつねうどんを片手に家へ帰る

・・・

蝉が鳴き始めた。ミンミン、ミンミン、だけが響き渡り、あの人工的な音はいつの間にかなくなっていた。

いつものように、ガガガ、ゴロゴロの前を通ると、空き地になっていた。一面土気色で、小さなこの街の肺のように、空気が空へと抜けていくような、そんな空き地。

Tシャツと短パンとサンダルで、その空気の通り道を眺め、上空に伸び始めた雲を見て、夏を迎えた。

・・・
今年、何回目かのアイスコーヒーと冷やしきつねうどんを買った帰り道、空気の通り道の前で立ち止まった。

名の知らない草種が、青々とした枝や葉を、入道雲がふよふよしている空へ向かって伸ばしている。

まるで、人間が背伸びをしているように、子どもが高い場所に登ろうとジャンプしているように、初めて赤子が立とうとしているように。

生命の瑞々しさがそこには生まれていた。

風が吹いた。

サラサラ、サラサラが響き渡る。
生命の香りで周囲は満たされていく。

今日は、その残り香をお土産に、僕は家へと帰る。
そんな日常が、とても慈しい。

#日記
#エッセイ

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