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灼熱のルクソールへ【無職放浪記・エジプト編(4)】

 ピラミッドの麓の町であるギザを離れ、ルクソールへ向かうことにした。

 ルクソールはエジプト南部の町で、紀元前16世紀〜11世紀に古代エジプトの都テーベが存在していた場所だ。
 テーベといっても戯曲『オイディプス王』の舞台となったことで有名な古代ギリシアの都市テーベ(あるいはテバイ)ではない。二つの都市に直接の関係はないだろうが、同じ名前が付いたのは何かきっかけがあったのだろうかとふと気になった。

 ピラミッド近くのホテルから乗り合いバスをつかまえてギザ駅へ。メトロに乗って、再びカイロ市内へと戻ってきた。
 カイロからルクソールまでは660キロ離れているので、次は飛行機で移動する。
 ところが、空港へ向かうバスがなかなか見つからない。乗り合いバスの運転手に「エアポート?」と尋ねても首を振るばかりだ。

 探し歩いている間に、予約を取った飛行機の搭乗時間が迫ってくる。13時出発の便なので、チェックインなどの手間を考えると少なくとも12時には到着しておきたい。
 スマホを見れば、すでに11時を回っていた。
 タクシーに乗れば解決する話なのだが、それは最後の手段にしたかった。
 急ぐ時間ではあるが、まだ焦る時間ではない。

 私は一計を案じて、もう一度地下鉄に乗って空港の最寄りである『EI Nozha』という駅に向かった。最寄りといっても3キロ以上離れているのだが、そこまでいけば空港行きのバスも容易に見つかるはずで、最悪タクシーに乗ることになったとしてもかなり料金を抑えられると踏んだからだ。
 私の目論見は当たり、EI Nozha駅周辺ではすぐに空港に向かう乗り合いバスをつかまえることができた。

 ピラミッドからギザ駅まで乗り合いバスで5ポンド。
 ギザ駅からカイロ市内まで地下鉄で5ポンド。
 カイロ市内からEI Nozha駅まで地下鉄で7ポンド。
 そしてEI Nozha駅から空港まで乗り合いバスで5ポンド。

 計22ポンド、つまり約150円でピラミッドから空港まで移動することができたのである。全行程をタクシーで動こうとすれば500ポンド以上はかかっていたので、ずいぶん節約をすることができた。

 12時前には無事空港に着き、問題なくルクソール行きの便に乗ることができた。
 エジプトの交通機関をうまく乗りこなせるようになったことが嬉しかった。旅の中でできることが一つ増えると、自分が少しだけ自由になった気がする。

上空から見たルクソール。川の周辺だけ緑が生い茂っている


「あっつ!!」

 ルクソール国際空港から外に出ると、私は思わず声を漏らしてしまった。日差しが肌を焼くように暑い——否、熱いのだ。

 カイロにいる間にエジプトの暑さには慣れたつもりだったが、南に600キロほど下ってきただけで、太陽の勢いは段違いだ。一層気をつけなければ、命に関わることもあるだろう。

「ヘイ、ブラザー。タクシー?」

 どこの空港でも同じことだが、出入り口付近にはタクシーの客引きたちが待ち構えている。私のところにもすぐに何人かが寄ってきた。
 一応ルクソールから市内に入る方法は調べていたのだが、どの情報を見ても「タクシーで行くしかない」と書いてあった。鉄道や路線バスはなく、UBERのサービスもこの地域は対象外だ。

 私も仕方なくタクシーを使う予定だったのだが、いざ客引きを前にすると、いつもの“タクシーアレルギー”とも言える症状が出てきてしまった。

「ノー、ニード」

 私は首を横に振ると、客引きたちの間をすり抜けていく。後ろから「タクシーに乗らなければどこにも行けないぞ」と声をかけられたが、歩みを止めることはなかった。
 そのまま空港の敷地を出て、熱射が照りつける道へと踏み出した。

 ——一体おれは何をしてるんだろうな。

 暑さに気をつけようと思った矢先に、40℃を超える猛暑の中を重いバッグパックを背負いながらあてもなく歩いている。
 なぜ、自分はこんなにもタクシーに乗ることを拒否してしまうのだろうか。節約のためという理由はあるが、それが全てではない気がする。

 きっと私は、自分が『金を落とす観光客』にしか見られないことが嫌なのだと思う。

 観光地で話しかけてくる人々は、「マスター」「ブラザー」と呼んでこちらの機嫌を取り、親しげに振る舞いつつ明らかにおかしい金額を要求してくることがほとんどだ。
 それを一種の“たくましさ”と捉えて面白がることはできるだろうが、私はどうも慣れないのだ。

 空港から続く一本道をしばらく歩いていると、商店や家が並ぶちょっとした市街地に出た。そこで私はようやくほっと安心することができた。
 なぜなら、エジプトでは人が住むということは乗り合いバスが走っているということなのだから。

 しばらく日陰で待っていると、向こうから見慣れた形のマイクロバスがトコトコ走ってくるのが見えた。私が手を挙げると、すぐに止まってくれた。

「ルクソールテンプル?」

 町の中心部にある神殿の名前を告げると、運転手のおやじは手招きして私を助手席に乗せた。
 乗り合いバスに乗っているのは、私以外では黒のヒジャーブを巻いた女性が3人だけだった。バスが動き出すと、後ろに座る女性の一人が私の大きなバッグパックをポンポンと叩き、助手席と運転席の間の空間を指差した。どうやらそこにバッグを置いていいということらしい。私はその勧めに従って、膝の上から荷物を降ろした。

 会話をすることはなかったが、なんとなくこちらを気にかけてくれていると伝わってくる。
 多分、私は『よくわからない異邦人』に見られているのだろう。だが、それくらいの扱われ方が心地よかった。
 ようやく周りの風景に目をやる余裕ができた私は、車窓から外を眺めた。ナイル川沿いの肥沃な土地だからか、農業が盛んらしく緑が豊かだ。

 ——ああ、そうか。

 私は体に伝わるバスの揺れを感じながら、合点がいくことがあった。
 エジプトに来てすぐに緊張しながら乗り込んだ乗り合いバスは、いつの間にか私にとって居心地のいい空間になったらしい。

 バスは田園地帯を抜け、市街地へ入ろうとしていた。

街中を走る乗り合いバス

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