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COP28でも注目された気候変動適応とは

国際社会経済研究所(IISE)の藤平慶太です。

2023年はかつてないほど猛暑が続きました。東京では夏日が140日を超え、夏日が11月まで続いたかと思うと、秋の心地よさを感じることがほとんどなく冬の寒さが来てしまいました。みなさんも「最近気候がおかしい」と感じているのではないでしょうか。実際に2023年は世界の平均気温でも観測史上最も暑い年になる可能性が高いとされています。この暑さは短期的なエルニーニョ現象の影響もありましたが、長期的な地球温暖化傾向の影響が表れたものとみられています。国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、「地球は沸騰化の時代に入った」という言葉を使いました。

今後も地球温暖化が続くことによって、このような「おかしな気候」が「普通」になり、台風や大雨などの気候災害も激しくなるとみられています。今後5年で世界の平均気温は産業革命前と比べて1.5度を超える確率が高まっているという世界気象機関(WMO)の予測があります。世界で地球温暖化対策を進めたとしても、気候変動は避けることはできません。そのような中で、社会の仕組みを気候変動に合わせていく気候変動適応の重要性が高まっています。

2023年11~12月に開催された気候変動に関する国際会議であるCOP28(第28回国連気候変動枠組条約締約国会議)でも、気候変動適応についての議論が行われました。今回は、COP28でも注目された気候変動適応について取り上げます


気候変動適応とは


地球温暖化対策(または気候変動対策)には、緩和策適応策の2つがあります。これまでは地球温暖化対策という言葉が使われる際には、緩和策の意味で使われることがほとんどでした。緩和策とは、再生可能エネルギーや省エネルギーなどによって温室効果ガスの排出を抑制することで、気候変動のスピードを緩和していく取組のことです。一方で、緩和策にも関わらず気候変動は不可逆的に進みます。パリ協定の目標のように世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃(努力目標は1.5℃)を超えないようにしたとしても、これまでの気候を維持できるわけではありません。気温上昇、海面上昇、水循環・気候の極端現象が頻発し、生命・健康・生態系・経済・社会・文化・インフラなどの広範囲にさまざまな影響を及ぼすことが予想されています。これに対し、気候変動を所与のものとしたうえで社会経済への影響を最小限とするため、社会経済の仕組みを気候変動の側に適応させていく取組が気候変動適応です。

将来懸念される気候変動影響とそれに対する適応策の例には、以下のようなものがあります。

将来懸念される気候変動の影響と適応策の例 (筆者作成)

適応策の重要性は、途上国においては先進国よりもさらに高まります。気候変動は先進国と途上国の差はなく地球全体で起こりますが、途上国は自然環境の変化や異常気象にぜい弱であり、より深刻な影響を受けやすい傾向にあります。途上国の経済は地域の自然環境に依拠した農林水産業の割合が大きいため、気候変動によって自然環境が激変することで、経済の根幹が打撃を受けます。さらに、途上国は人的・科学的・技術的・財政的・制度的に気候変動に対応する能力が不足する傾向にあります。先進国では気候変動の影響を予測してインフラを整備するなどの適応策をとることができますが、資金的余裕がない途上国ではそれすらできないことが課題となります。例えば、パキスタンでは2022年に洪水で国土の3分の1が水没し、3,300万人が影響を受けました。人的被害のみならず、インフラの破壊等で復興には100億ドルがかかるとされています。

COP28における枠組の採択


COPにおいても、気候変動適応の取組は進められています。COP21で採択されたパリ協定7条1項においては、「気候変動への適応に関する能力の向上並びに気候変動に対する強靭性の強化及びぜい弱性の減少という適応に関する世界全体の目標を定める」とされていました。COP28ではこれを受けて、「グローバルな気候レジリエンスのためのUAE枠組」が採択され、この目標設定のための枠組がつくられました。枠組では、すべての国が適応に関し、①影響・ぜい弱性・リスク評価、②計画策定、③実行、④監視、というサイクルを回していくことが求められています。また、国だけでなくあらゆるステークホルダーが適応の行動と支援を強化するよう、以下に関する目標を設定することが推奨されています。

① 気候変動による水不足の削減、水関連災害に対する気候レジリエンスの強化
② 気候変動に強い食料・農業生産の達成
③ 気候変動に関連する健康への影響に対するレジリエンス
④生態系と生物多様性に対する気候変動の影響を軽減
⑤ 気候変動の影響に対するインフラと人間の居住地のレジリエンス
⑥ 貧困撲滅と生活に対する気候変動の影響を軽減
⑦気候関連リスクの影響からの文化遺産の保護

今回の枠組ができたことで適応への大まかな方向性が示され、世界全体での適応の取組が加速されることが期待されています。その中では、国だけでなく民間セクター、金融機関、自治体、市民、地域コミュニティ、研究機関などの多様なステークホルダーが知識・経験・技術を持ち寄って役割を果たすことが重視されています。

気候変動適応に求められるファイナンスの仕組みづくり


一方で、適応策の実行にあたり、資金のニーズと投資とのギャップが課題となっています。世界における気候変動対策に対する民間・公的資金の投資(2021-2022年の平均)のうち、緩和への投資は1兆1,500億ドル/年でした。これに対して適応への投資は630億ドル/年 と、緩和の18分の1となっています。さらに、今後も適応に必要な資金需要は増え続け、2030年には特に途上国から最大3,870億ドル/年の適応資金の需要が見込まれるとされています。今後重要性を増す適応に対して資金を回していくことが求められています。

適応に資金が回ることを目的として、適応ファイナンスという仕組みが注目されています。適応ファイナンスとは、気候変動リスクに対応する取組に資金を充当するためのファイナンスのことです。あらかじめ評価された気候変動による物理リスク・財務影響を軽減・回避するための取組(例:気候変動による災害などのリスクを想定した設備投資)、または適応ビジネスの機会を獲得するための取組(例:適応のための技術やサービス開発)に対する投融資、保険などが該当します。損害保険、ボンド、ローン、官民ファンドなど多様な手法が想定されていますが、その原則やガイドラインなどの開発は十分に進んでいるわけではなく、まだ検討の途上にあります。環境省は、以下のようなイメージを示しています。

適応ファイナンスのイメージ
(引用:環境省『金融機関向け適応ファイナンスのための手引き』)

この中で特徴となるのが、「物理リスク・財務影響の評価」と「インパクトのモニタリング・測定」という気候変動に伴う影響の評価・監視・測定の仕組みです。一方で、気候変動適応の取組の効果や価値評価に関するルールや基準がまだ確立されていないことが現状の課題となっています。金融機関、自治体、IT企業、インフラ企業、研究機関など、さまざまなステークホルダーの協力によって仕組みづくりがおこなわれようとしています。リモートセンシング、AI・デジタルツイン、防災シミュレーション、インフラ監視シミュレーションなどのIT技術は、適応策の評価・監視・測定に活用できることが期待されています。

Editor’s Opinion


気候変動適応は、緩和と比べてこれまで一般的にはあまり注目されてきませんでした。かつては適応策の推進について言及することは、緩和策をあきらめるかのごとくタブー視されるような雰囲気もありました。筆者も、自治体の地球温暖化対策の計画策定支援を行っていた中で、そのような経験をしたことがあります。今では世界中で気候変動の影響が顕著となりつつあり、そのようにタブー視できる状況ではなくなっています。

気候変動適応は重要な概念であるにも関わらず、国民の認知度は4割程度という調査結果もあります。再エネや省エネのような緩和策と比べて、対策の評価・定量化が難しいなどのわかりにくさも、その理由の一つにあるのではないかと思います。IT技術の活用によって、適応の推進に関する課題が解決されていき、社会の仕組みづくりが進んでいくことを期待しています。

参考資料

Climate Policy Initiative、『Climate Global Landscape of Climate Finance 2023』(2023)

UNEP、『Adaptation Gap Report 2023』(2023)

UNFCCC、”Glasgow–Sharm el-Sheikh work programme on the global goal on adaptation referred to in decision 7/CMA.3

環境省、『金融機関向け適応ファイナンスのための手引き』(2021)

国立環境研究所、”気候変動対応情報プラットフォーム

国立環境研究所、”「気候変動適応に係る国民の理解度調査」調査結果の概要

地球環境戦略研究所、”UNFCCC COP28特集


藤平慶太
国際社会経済研究所(IISE) ソートリーダーシップ推進部 プロフェッショナル。新聞社、環境ベンチャーに勤務後、IISEにて環境分野を担当。環境ベンチャーでは、環境ビジネスのコンサルティング業務(再生可能エネルギー、リサイクル、LCA、カーボン・クレジット、環境技術の海外展開など)、およびバイオマス発電・風力発電の事業開発に従事。博士(国際協力学)。慶應義塾大学大学院理工学研究科非常勤講師。著書『企業と環境』(養賢堂、2022年)。

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