ステークホルダーとの強固な結びつきが基本、未来を見据えて“一歩先”のテクノロジーを活用する 〜TGC実行委員会 チーフプロデューサー、池田友紀子氏に聞く〜
個人のデータを個人がコントロールする非中央集権型のweb3。本連載ではweb3がもたらす新たな可能性について、専門家の視点から考察していきます。第二弾は東京ガールズコレクション(以下、TGC)実行委員会 チーフプロデューサーを務める池田友紀子氏。“プラットフォーム”として多くのステークホルダーとともに進化してきたTGCの歴史を踏まえ、テクノロジーとの関係やデジタル庁をはじめとする各官公庁との取り組みなどについて話を伺いました。
TGCは時代に伴ってアップデートするプラットフォーム
――チーフプロデューサーの役割について教えていただけますか。
池田 私のミッションはTGCのブランド価値を高めていくことです。TGCに来ればファッションリーダーに会うことができ、最先端のトレンドもすべてわかります。だからこそ私たちはTGCを“プラットフォーム”と捉え、時代の流れやテクノロジーの進化に伴ってアップデートしてきました。
TGCという箱は同じかもしれませんが、箱の中身は変わり続けています。ですから毎回スクラップアンドビルドで新たなテーマを設定し、常に「次は何をやるか」を考えながら走り続けています。
――テーマはどのように決めているのでしょうか。
池田 社会的な流れを踏まえてテーマを決めています。流行のファッションやブランドにアンテナを張るのはもちろんですが、それだけでは不完全です。毎日、経済・社会・政治に至るまであらゆるニュースに目を通して、世の中の動きをチェックしています。テーマが決定したら、テーマを象徴するビジュアルや全体の演出や企画、そしてイベント当日にオーディエンスが安全・安心に楽しむための運営方法などを実行委員会のメンバーと一緒に考えていきます。
――東京だけで年に2回、それに加えて現在は全国各都市でも開催しています。ブランドが確立され、プラットフォームとして機能している実感も大きいでしょうね。
池田 はい。メインの東京会場は毎年3月と9月、春夏と秋冬のタイミングにあわせて開催しています。2024年9月で39回目、2025年3月で40回目を数えるまでになりました。地方都市に関しては2015年に「TGC地方創生プロジェクト」を発足させ、北九州市を皮切りに各地で展開。2024年だけでも1月に静岡市、2月に和歌山市、4月に熊本市、7月に松山市で開催し、10月には北九州開催を控えています。
今の時代、誰もがスマートフォンを持っているので情報格差はありません。一方で体験格差があると感じています。そのため、地方都市での開催は毎回とても盛り上がります。例えば松山市では長く改修していた道後温泉本館の再開にあわせてイベントを実施しました。出演者の方に道後温泉の様子をSNSにアップしてもらったり、ショーで感想を述べてもらったりして地元に根づいた形でコミュニケーションを深めました。
強力な発信力によって新たなテクノロジーが世の中に広がる
――第1回から積極的にテクノロジーを採用してきました。若い層が中心ですから、その点は意識されてきたのでしょうか。
池田 TGCは2005年に誕生し、「携帯でその場で買える」というキャッチーな言葉とともに有名になりました。まだガラケーの時代でしたが、いち早くECの仕組みを採用して人気モデルが当日着た服をそのまま購入できるようにしたのです。
TGCは数多くのメディアやインフルエンサーが集まる場ですから、大変ありがたいことにTGCで発表されたことは様々なかたちでメディアやSNSで取り上げていただけております。このTGCというプラットフォームに新たなテクノロジーを導入することで世の中に広がるきっかけになると考えています。
例えば2023年の秋冬公演ではAIモデルを起用し、ECサイトやSNSなど販売連動のページに登場させて、TGC参加ブランドに販促で利用していただきました。イベントの制作過程で「AIをどのように活用できるか」を1つのテーマに据え、TGCチームでタスクフォースを結成してアイデアを出し合い、そのアイデアを具現化できるサービスを掘り下げました。
これからメインストリームになっていく可能性があるテクノロジーやTGCをより面白くできたりお客様に喜んでいただけるようなテクノロジーを意識的に採り入れて発信していきたいです。
――TGCの発信力に期待した売り込みもあるのですか?
池田 ありがたいことにお話をいただくこともありますが、自分たちでも貪欲に探しています。私は、東京ビッグサイトで開催されているようなテック系イベントにもよく足を運んでいて、AIモデルのソリューションは展示会で見つけたAI model社に依頼しました。
ただ、あまりにも先取りしすぎるのは難しい。社会実装が進みつつあるテクノロジーにフォーカスし、いずれはこうなるであろう一歩先の未来に向けて準備していくことが重要と考えています。お客さまと目線を合わせて一緒に向かっていくことが一番大切。将来的にテクノロジーが普及したときにどうなるかを予想しつつも、柔軟に対応しながら進んでいきたいですね。
マイナンバーカードの本人確認や通報QRで不正転売を防止
――人気が高まるにつれてTGCでもチケットの不正転売が深刻化していると聞きました。どのような課題を抱えていますか。
池田 不正転売はTGCに限らず、ライブ・エンタメ業界全般に関わる課題です。とくにコロナ禍が明けてから顕著になったように感じています。コロナ禍前はライブ・エンタメ市場は右肩上がりで成長していましたが、あれだけ増えていたライブやイベントが一気にストップしてしまいました。
幸い私たちは2015年から無料配信を行なっており、配信の設備とノウハウがあったことから一度も中止せずにイベントを継続することができました。恐らく最初期に無観客配信を行なった大型イベントだったはずです。
とはいえ、配信ではライブのダイナミズムは得られません。ようやく収束していざ再開となった時点で、今まで我慢していたニーズが爆発して、コロナ禍前よりもライブやイベントへの熱が高まりました。そうした背景もチケット入手が困難な状況に拍車をかけているのではないでしょうか。
実際、チケットが売れるスピードが早くなり、ファンクラブのお客さまの数がすごく増えている感覚がありました。コロナ禍前もネットでの転売はありましたが、2022年後半以降はそれがどんどん一般化してSNSなどにもあふれるようになりました。そのため2023年からはさまざまな取り組みに着手。公式チケットリセールサービスの導入など安心して取引いただける仕組みを整備しています。
――2024年の春夏公演ではデジタル庁と共同で、マイナンバーカードをした不正転売防止の実証実験を実施しました。画期的な取り組みとして注目を集めましたね。
池田 ちょうど不正転売の対策をしていたところだったので、タイミングも最適でした。チケットの購入時と会場の入場時にマイナンバーカードで本人確認を行なう方法でしたが、好意的な意見がほとんどでした。ニュースでたくさん取り上げられ、それによってマイナンバーカードの新たな可能性を広く知ってもらうことができたのも収穫です。チケットの不正転売に頭を悩ませる主催者の方々にとっては参考になったかもしれません。
――2023年の秋冬公演からは、「通報QR」という仕組みを導入されました。これについても教えていただけますか。
池田 TGCはチーム内で定期的に企画コンペを開催しており、通報QRのもとになったアイデアは3〜4年前のコンペで出てきたものです。どこかのフェスで目にした“会場の困りごとをお客さまがスタッフに伝達する仕組み”にヒントを得て、不正や迷惑行為があった際に通報してもらおうと考えたのです。
不正転売や勝手な撮影などの禁止行為を見つけたら、お客さまにQRコードを読み込んでもらって報告していただくことにしました。通報QRは東京だけではなく地方でも行なっています。
最も人気が高いのはランウェイ脇の前方エリアです。ファンは推しが出る時間帯にそこに行きたいので、前方エリアのみリストバンドを装着しないと入場できないようにしました。しかも予告なく会場でその義務化を発表して、ブロックの名前を開催ごとに変えるなど、不正を防止する取り組みを徹底しています。
昨年あたりから不正転売で逮捕される人が出てくるなど、社会的に“悪いこと”という認識は広がってきました。基本的には良いお客さまばかりですが、いくつか不正行為があったのも事実です。SNSを見ると、「TGCの運営は本気を出している」とのコメントが多かったです。こうした取り組みが、少しでも抑止力になればと思います。
ファンクラブでは強固なコミュニティ形成を目指す
――今回の取材テーマでもあるweb3の可能性についてはどう捉えていますか。
池田 TGCの公式ファンクラブ「TGC Premium」では、DAO(分散型自律組織)のような運営を目指しています。ファンとの深い結びつきをどのように築いていくかをしっかりと意識して取り組んできました。
web3に移行すると同じ嗜好や趣味の人たちが集まり、より強固なコミュニティが形成されていくと予想しています。TGC Premiumの特典はチケットが誰よりも早く購入でき、誰よりも早く入場できることでしたが、昨年からはファンがもっと満足してもらえる触れ合いの機会を増やすようにしました。ランウェイ記念撮影会や出演者のお見送り会に参加したいファンを募ったり、TGCの新グッズで何がほしいかを聞いたりなど、ファンと双方向の密接なコミュニケーションを取るように心がけています。
そもそもTGCはお客さまのニーズを徹底的に理解するユーザーマーケティングに注力してきました。私自身、会場に朝早くから足を運び、列に並ばれているお客さまの生の声を直接聞くことを継続していますし、昨今ではSNSを中心としたデジタルチャネルからの意見も欠かせません。
マーケティングは機械的な分析だけではなく、人力での考察も含んでいます。私は「変わらないために変わり続ける」ことをモットーとしています。これは昔から個人的に大切にしている言葉です。大切なのは私たちがお客さまと目線を常に合わせ、置いてけぼりにしないこと。そうしないと、TGCというブランドは輝き続けることができませんから。
――マイナンバーカードの施策で組んだデジタル庁のように、官公庁との関係も築かれているのがTGCの特徴です。若い世代と社会をつなぐハブのような印象を受けます。
池田 デジタル庁とは初めてでしたが、これまでも数多くの官公庁とプロジェクトを進めてきました。河野太郎デジタル大臣がワクチン接種推進担当大臣だったときには、無観客ステージで大臣のビデオレターを流したり、環境省がレジ袋を有料化したタイミングで啓蒙を込めてエコバッグを使ったファッションショーを開催したり、経済産業省と連携して早い段階からTGCの会場でキャッシュレスの実証実験を行なったりなどしてきました。
TGCは“若年層と社会課題の架け橋”になることを重視しています。例えばSDGsには2016年から取り組み、かなり初期段階からSDGsを発信。その動きを見て静岡県、静岡市と2019年からSDGsで連携しました。
TGCでは本当にたくさんのステークホルダーの方々が高い熱量を持って関わってくださっています。それこそ50年、100年続くブランドとして輝き続けていきたい。それが最終的に日本文化の1つになればなお嬉しいです。
<取材を終えて>
いずれはこうなるであろう一歩先の未来のテクノロジーを取り込む。お客様を置いてけぼりにするとTGCは輝き続けられない。そのさじ加減は難しいと感じます。しかしながらそこをしなやかに乗り越えていく姿が印象的でした。お客様が望むものを、ステークホルダーが望むものを実現していく。TGCはプラットフォーム。池田さんがおっしゃるように、今やTGCは“若年層と社会課題の架け橋”として機能している側面もあります。毎回、魅力あるコンテンツを提供しながらも、不正転売やSDGsなどの社会課題を若い世代に柔らかく伝えていく姿勢には頭が下がります。数々のテクノロジーをお披露目してきた実績を活かし、そう遠くない未来にweb3を実装したイベントが開催されることに期待しています。
企画・制作・編集:IISEソートリーダシップweb3チーム(塚原督、鈴木章太郎、石垣亜純、名和達彦)