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「スマート農業による効率化で、自然への負荷低減」千葉大学 中野明正教授インタビュー 〜ネイチャーポジティブに向けたICTの可能性〜

 IISEでは環境ソートリーダーシップ活動の一環として、ネイチャーポジティブに向けたICTの可能性を本シリーズで考えていきます。

 スマート農業についての研究を行っている千葉大学園芸学研究院の中野明正教授に、スマート農業によるネイチャーポジティブへの貢献について聞きました。中野教授は、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)、および千葉大学においてスマート農業について研究されてきました。『スマート農業 (やさしく知りたい先端科学シリーズ11)』(2024年、創元社)を出版されるなど、幅広い観点からスマート農業について社会の理解促進に努められています。

写真:中野明正 千葉大学園芸学研究院教授

農業の効率化で、手つかずの自然を増やす

——NECのCropScopeでは、19%少ない灌漑量で約23%の収量アップを達成しています。農業の効率化により、水資源の削減や土壌や生態系への負荷の低減など、ネイチャーポジティブに貢献できるのではないかと考えています。スマート農業は、ネイチャーポジティブにどのように貢献できますでしょうか。
 
中野:スマート農業は、自然資源を使用する「食」の価値創造を効率化するものです。人口増加などによる過大な環境負荷(環境危機)を回避するために、スマート農業が必要だと考えています。
スマート農業は効率化ツールとして使われてきましたが、これまでは生態系や種の多様性にはあまりフォーカスされていませんでした。ネイチャーポジティブの概念が付け加わることで、効率化だけに目を向けるのではなく、生態系の多様性を取り戻すことが目指されるようになると思います。そのためには、スマート農業を活用して、多様性に焦点を当てた新たな方法を模索する必要があるでしょう。スマート農業は単なる効率化ツールにとどまらないようになり、モニタリング技術や環境DNAの分析などを通じて、多様性の保護に貢献する時代が来ています。再生可能エネルギーやバイオマスを利用して、資源を効率的に使いながらも、生態系への負荷を減らす技術も進んでいます。こうした取り組みが、より広い視点で自然保護や効率化を同時に達成する可能性を秘めているでしょう。
自然保護の方向性としては、人間が生産活動する範囲としての農地、国立公園など手つかずの自然を保全する森林、そしてその境界である里山といった土地の役割によるゾーニングをより明確にしていく必要があるのではないでしょうか。農業による生産を効率化することで、人間が介入しない自然の面積を増やす方向に誘導できます。


図 スマート農業が期待される背景 (出典:『スマート農業 (やさしく知りたい先端科学シリーズ11)』より作成)

——農業の効率化で、どのように環境負荷を減らすことができるのでしょうか。
 
中野:スマート農業には、BC技術(Biological Chemical Technology:生物化学技術)とM技術(Mechanical Technology:機械技術)があります。BC技術は、品種改良や、肥料・農薬になど関する技術で、単位面積あたりの収量の増大や安定化をもたらす技術です。M技術は、農業機械の導入や施設の開発・改良により、単位面積あたりの労働時間の低減をもたらします。面積あたりの価値創造を最大化し、単位エネルギーあたりで管理可能な面積を増やすことがスマート農業の技術の目的です。生産環境を崩壊させることなく、より狭い面積で食料を供給できるようになることが、自然回復につながると考えています。

日本の技術でサプライチェーンの環境負荷削減に貢献

——企業には、サプライチェーンを通しての環境配慮が求められるようになっています。スマート農業は、その中でどのような位置づけになるのでしょうか。

中野:例えば、水田は水資源に対するインパクトが大きい農法です。日本は水が豊富なので、日本で稲作をおこなうことには一定の合理性があります。そのままでは流れさってしまうような有機物(肥料成分)を含んだ土壌をせき止めて、食料生産に利用したのですから。当然、洪水の発生の抑制など、治水の意義も大きかったと思います。一方で、水田が排出するメタンも地球温暖化の原因となりますが、スマート農業を活用した水管理による、収量が下がらないような中干期間[1]の調整で、メタンの発生を減らせます。伝統農業の合理性を活かしつつ、負荷を下げる方法はまだまだあると思います。

日本は食品の輸入という形で、「バーチャルウォーター」[2]を多く輸入しています。水資源が少ない場所では、水資源の消費とともに、灌漑に必要なエネルギー(ポンプなどによる揚水)も大きなものとなります。このような負荷の大きい海外の生産に代わるという意味でも、特に野菜などは国産100%をめざすべきでしょう。くわえて、海外でのスマート農業技術の活用は、そのプロセスの効率化や管理高度化により、それらの環境負荷の低減に貢献できる可能性を秘めています。ひいては、日本企業におけるサプライチェーンの環境負荷の低減に寄与します。日本の技術で生産性を向上することによって、海外の経済発展に寄与することもできます。

——日本はスマート農業のどのような分野に強みを持っているのでしょうか?
 
中野:日本は特に農作物の成分測定に代表されるセンシング技術に強く、高付加価値化につながるセンサの開発などで、世界をリードできる可能性があります。稲作については、農機の自動運転などが世界からみて進んでいると思われます。畑作でも、ドローンの導入などが進んでいます。施設園芸もセンサ技術や環境制御技術は強みがあるとされています。ヒートポンプ技術は日本で特に優れており、脱石油の切り札として農業用への展開がさらに望まれます。総合的に日本の技術は、世界のトップグループにあるのではないかと思います。日本のスマート農業技術を海外にパッケージ輸出することで、世界に貢献できると思います。

ICTの活用で資源投入の効率は20倍にできる

——ICTの活用が貢献できる部分は、どんなところにあるでしょうか。
 
中野:農業で投入される物質には、水、肥料、農薬、資材があります。ICTの活用によって、これらの投入量をそれぞれ1/2にしていくと1/2の4乗で、総資源投入量を現在の6%まで減らす、すなわち効率を20倍にできるでしょう。例えば、水や肥料の散布を、霧状や点滴で行うことで、余分な資源の投入を抑えることができます。ICTは、その投入方法を最適化できます。
病害虫の防除にも、ICTやAIが活用できます。有機農業を進めようとすると、露地栽培では実際には虫や病気などが課題になります。農薬なしで農業をやろうとすれば、ハウス栽培で、かつ人の出入りをなくすこと(半閉鎖または閉鎖型管理)が解決方法になります。屋内であれば、虫や農業のリスクを減らすことができます。また、ハウス栽培であれば、ロボティクスやセンサでの効率化をおこないやすくなります。さらに環境面だけでなく、労働力不足の課題解決にもつながります。

——気候変動がさらに進むと、農業のあり方も変わらざるを得なくなると思います。スマート農業を活用した気候変動適応には、どのようなものがありますか?
 
中野:外の環境をある程度制御する方法と、外の環境に合わせて技術を適用する方法の2つのアプローチがあります。BC技術であれば、高温耐性の育種や、遮熱と冷却技術による育成環境の制御があります。M技術であれば、高温時の過酷な環境でも、ロボットを使えば環境に左右されにくい稼働をおこなうことができます。

ICTと地域の特色で、高付加価値の農業に

——海外の農家のように大規模農業の方が効率化のための技術を導入しやすいように思われます。一方、日本の場合には小規模農家が主体です。スマート農業に適した農業のあり方というのはあるのでしょうか?
 
中野:大規模農家と小規模農家は日本の食料供給においては両輪であり、それぞれで先進的な技術の導入が進化すると思います。当然、大規模の方がICTを導入しやすい面はあります。ただし、日本では小規模農家が地域社会を維持しているという極めて重要な役割を担っています。小規模農家でもICTでつながることで拡張していき、総体として大きな企業体(産地のようなもの)のようになると考えています。生産性を向上させるデータを共有するコンビニのようなイメージです。センサや通信の発達によりコネクテッドの農業が、地方から現実的になっていくと思います。
 日本の農業は地域の特色が強く、伝統野菜など、品種にバラエティがあります。バラエティつまり多様性が強みで、高付加価値で売れるようになります。また、このような癖のある生産物もICTによって匠の技を再現して、生産の最適化ができるようになるでしょう。そこに地域というストーリーが加わることで、付加価値を上げることが可能となります。地域の活性化にもスマート技術は重要な基盤技術になるでしょう。

Editor’s Opinion

 ICTの活用によって農業の効率を20倍にでき、資源投入量を減らすとともに、人間が介入しない自然の面積を増やすことで生物多様性の保護に貢献する。そのようにして、効率化を目的としていたスマート農業と、ネイチャーポジティブの接点があるという流れを理解できました。日本のスマート農業技術はトップグループにあるとのことです。海外へ日本技術を導入することで、食品を輸入する日本企業のサプライチェーン全体での環境負荷削減につながることが期待されます。
(IISE藤平慶太)

<参考資料>
中野明正『スマート農業 (やさしく知りたい先端科学シリーズ11)』(2024年、創元社)

<【シリーズ】ネイチャーポジティブに向けたICTの可能性>
IISE『GX VISON』からみるネイチャーとICT
ポルトガル訪問レポート 前編「ICTで変わる農業の現場」
ポルトガル訪問レポート 後編「誰もがサステナブルな農業ができる世界を目指して」


[1] 水稲栽培において、稲の生育の途中で水田の水を一時的に抜いて土壌を乾かす作業。中干期間を長くすることで、水田から発生するメタンの抑制効果がある。

[2] バーチャルウォーター:食料を輸入した国が自分の国でその食料を生産した場合、どのくらいの水が必要かを推定する概念