短編小説|ロスト・アーモンド no.1
休日はコーヒーを飲みながら、本を読み耽る。
コーヒーのアテにはチョコレート。
これが最上の時間だ。
籐の椅子に身体を預けながら本の世界に飛び込むのは、何とも言えない幸福感を僕に与えてくれる。カフェインは優しく神経を刺激し、チョコレートは豊潤にして甘く脳を溶かしてくれるのだ。
休日は昼近くまで眠り、ゆっくり起きて、冷蔵庫の中の有り合わせで食事を作り、貪る。その後はお待ちかねの読書タイムという流れだった。
その日はストックしておいた筈のチョコレートが見当たらず、仕方なくコンビニに買いに出かけた。
銘柄はいつも決まっていた。明治製菓のボール状のチョコレートだ。赤と白のパッケージに入ったそのチョコレートは楕円のラグビーボール状で、その中身は空洞だ。齧ると軽い触感が楽しかった。
僕はさっそくコンビニの棚からチョコレートの箱を三箱ほど取り上げ、レジに向かう。レジ横に積まれていたスティックパンも手に取り、会計をする。
レジは田端さんで、客が僕だと気が付くと、いつもの様に人懐っこく笑いかける。
「あら、戸田君。今日はお休み?」
「そうなんです。明日は夕方から出勤です」
田端さんとはバイト仲間で、つまり僕はこのコンビニで働いている。
フリーターの僕は、昼なり夜なり、状況によってシフトが変わるのだが、田端さんは旦那さんやお子さんが仕事や小学校へ出かけた後、朝から夕方までが常勤のパートさんだった。
田端さんが僕に言う。
「休みだったら遊びに行って女の子でも捕まえてこないと」
田端さんは、二十代も終わりに差し掛かっても独り身の僕の事を案じているのだ。
僕は田端さんに返す。
「こんな性格だから、独りの方が楽なんです」
「あら、もったいない」
レジを済ませてコンビニを後にすると、足早に家路を急ぐ。
二月を迎えて、風はいっそう冷たく強くなっていた。
郵便局の角を曲がり、アパートの階段を駆け上る。階段の踊り場で黒い物体を目にし、僕は驚いて立ち止まる。
黒い物体は、全身を毛におおわれていて、僕の掌よりも少しだけ小さい。
身体を小さく丸めているから分かりづらいのだが、よく見るとそれは黒猫の赤ん坊だった。
このまま放っておくのも忍びないと思い、一旦自分の部屋に連れて帰ることにした。
僕が抱えて、両掌の上に乗せると、黒猫は嫌がる風でもなく、小さくニャーとだけ鳴いた。
部屋に戻るとちょうど放置してあったAmazonの空き箱にタオルを敷き、黒猫をその中に納めた。
依然丸まったままだったから、その上にもう一枚タオルを掛けてやった。
これで寒さはしのげるのではないかと思われた。
さて、と僕は思った。
この黒猫の赤ん坊をどうしたものか。
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