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短編小説|ロスト・アーモンド no.5

 翌日のアルバイトは、日中の勤務だった。

 昼のピークを終えた後、田端さんと棚の前出しを終わらせ、夕方の便が届くのを待つ。田端さんもベテランなので、彼女と組む日はやるべきことを終えて、おしゃべりをすることが多い。
 そんな中、田端さんが僕に訊ねる。

「戸田君ってさぁ、チョコレート好きだよね?」

「そうですね。普段は食べないんですけど、読書するときはどうしても欲しくなるんです」

「へ~、読書ね~!」

 田端さんは読書という言葉に大袈裟に反応する。

「私、本なんて読んだためしがないわ」

「まあ、僕は読書くらいしかやることないですから…」

「早くイイ人見つけなさいよ」

 田端さんの言動は大方ここに帰結する。
 僕はハタと思い立ち、チョコレートの棚まで行き、お気に入りのチョコの箱を手に取る。
 赤と白のパッケージにはmeijiのロゴと、下の方には控えめに小さくCHOCOLATEとの記載がある。パッケージにはボール状のチョコレートと、中の空洞部分がイラストされている。プレミアムセレクトのマークもある。

 僕はまじまじとパッケージを見つめる。
 レジの前で田端さんが不思議そうに僕を見ている。

 パッケージの真ん中にも英語の表記が。
 "A splendid combination of milk and chocolate"と。

 直訳すれば、ミルクとチョコレートの素晴らしい組み合わせとなる。

 でも何かが変だ。僕は思った。
 確かにミルクチョコレートの美味しさはあるものの、このチョコの美味しさは空洞部分の食感ではないのか?
 それに、そもそも商品名がチョコレートって?
 このパッケージに描かれたボールチョコレートが最上部に《《一つだけ》》描かれているのも不自然だ。

 僕は田端さんに訊ねてみる。

「田端さん、このパッケージってよくよく見るとおかしくないですか?」

「え? 何が?」

「見て下さい」

 僕はレジまで行き、田端さんにパッケージを見せる。

「チョコレートの商品名って大抵大袈裟に書かれてるもんじゃないですか。それなのに、このパッケージにはこんなに下の方に、申し訳程度にCHOCOLATEって。普通クランキーチョコレートだとか、シャルロッテとか、ホーバルとかってあるじゃないですか? なのになんでこれの商品名はチョコレートなんですか? ちっとも差別化されていないし、そもそもこれって商品名というより、原材料名な感じじゃないですか? それにこのパッケージ、どうしてこのボールチョコ一個だけこんなに上部まで跳びはねてるんですか?」

 まくしたてる僕に、田端さんは面倒に答える。

「昔からあるから、ほら、チョコレートで通じるのよ。明治のボールのチョコって言えばみんな分かるでしょ。この一個だけ飛び出てるのは、こんな形ですよ~って強調してるんでしょ?」

「田端さん、それならこのチョコレートの美味しさって何ですか?」

「ミルクチョコの美味しさよ。それからカリっていう食感…、かな?」

「そうなんですよ。だから僕たったら、中の空洞か食感をイメージさせる商品名にするんですけど…」

「へ~、そうなんだ…」

 特に興味も無さそうに田端さんは相槌する。
 僕が商品を棚に戻していると、客の来店があり、レジに戻る。
 世の中の人たちは疑問に思わないのだろうか?
 そうは言っても、僕自身、このことに思い至ったのはつい今しがただ。いや、正確には昨日の読書タイムからだ。そうだ、僕が感じた違和感はこのパッケージとチョコレートから来たものだ。やはり考えれば考えるほどおかしい。
 田端さんは接客を終えると、未だ頭の中がチョコレートの僕に笑い掛ける。

「戸田君さぁ、チョコレートの事なんかより、彼女でも作りなさいよ」

 僕は我に返って答える。

「あ、そうですね…、はい…」

「きっと甘いわよ~」

 ドヤ顔で田端さんは僕を覗き込む。
 少しひきつってしまったが、僕は笑顔でやり過ごす。

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