見出し画像

短編小説|ロスト・アーモンド no.2

 とりあえず管理会社に連絡をしようとスマホを手にし、結局そのスマホはテーブルに置く。
 考えてみれば、大家さんがすぐ隣に住んでいるのだし、そちらをあたってみることにする。
 大家さんは自宅に二匹の猫を飼っている。きっとこの黒猫の赤ん坊を、どうにかしてくれるのではないかと考えたからだ。

 早速Amazonの箱ごと子猫を抱え、大家さんを訪ねてみる。
 インターホン越しに事情を説明すると、大家さんは玄関から急いで出てきてくれた。大家さんは独り身のお婆さんで、僕とは顔を合わせると、いつでもひとことふたこと言葉を交わす間柄だった。

「可愛らしい黒猫ちゃんね」

 大家さんは、子猫を見て目を細める。
 丸まっていた子猫は、頭をあげて、大家さんに小さくあくびを返す。
 大家さんは細めた目のまま、困った様に言う。

「でもね~、うちにはすでに二匹いるし、どうしましょう…」

「やはり管理会社さんにお願いした方が良かったですかね…」

「でも、それもこの子が可哀そうだし、どうしましょう…」

 僕と大家さんは途方に暮れていた。大家さんとしても、この子猫を何とかしたいようだった。
 当の子猫は丸まったまま耳をピクピクと二度ほど動かすと、困った人間に構う暇などないのだと言いたげに、丸まって目を閉じた。
 僕ははたと思い立って、大家さんに提案してみた。

「大家さん、僕が飼うことはできないでしょうか? あの、もちろん大家さんが良ければなんですが…」

 大家さんは、しばらく考えて、仕方ないかな、という具合に唸りを上げて頷く。

「う~ん! 良いわ。 戸田さんが引き受けてくれるなら、部屋での飼育も許可しましょう。壁や床を引っ搔いちゃうのも大目に見るわ」

「ありがとうございます。でも僕は猫を飼ったことがないので、大家さんに色々質問しても構いませんか?」

「もちろんよ。その方が私も安心だし、この子猫ちゃんの事も気になるから」

 僕は何度も礼を言い、Amazonの箱の中丸くなっている相棒と部屋に戻った。

 さて、と再び思う。
 大家さんと悩んでいるうちに、どうしてもこの子猫を救ってやりたくなって飼育を申し出たものの、何から始めれば良いものか…。

 とりあえず、冷蔵庫の中にあるミルクを取り出し、人肌に温める。指先にそのミルクを掬い、子猫の口元に持って行く。
 子猫は、真っ赤な舌を出してぺろぺろと舐め始めた。うん、いい感じだ。
 何度かそんな事を繰り返すと、僕の中に不思議な気持ちが芽生えてくるのが分かった。胸の奥をくすぐられる様な、優しくて温かい気持ちだ。
 それからAmazonの箱の中で満足そうにまるまる子猫を囲むように、僕も床に丸まって、子猫を眺めてみる。
 そうだ、こいつの名前は《《ロク》》にしよう。黒猫のロクだ。

 かくして、僕とロクとの二人暮らしが、和やかに始まった。
 そしてこれが、僕とロクとの不思議な冒険の始まりでもあったのだ。

よろしければサポートお願いします! しがない物書き活動の減資として大切に使わせていただきます。 m(__)m