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短編小説|ロスト・アーモンド no.8

 散歩から戻ってから、夜食とも朝食とも昼食ともつかない食事を摂る。
 シャワーを浴びて、ベッドに潜り込むも、結局寝付くことが出来なかった。
 仕方なく本を取り出し、コーティング物理学の世界に浸る。

”この世界は常に始まり続けている。現在が噴出したその瞬間、過去も未来も同時に噴出する”

 そんなくだりに想いを馳せていると、無性に脳が糖分を欲し、冷蔵庫からチョコレートのパッケージを取り出す。このチョコは冷やして食べると触感が倍増するのだ。

 パッケージから一粒のチョコを取り出して、口に放り込む。奥歯でかみつぶすとカリッという音とともに、口の中で冷気も弾ける。しっとり溶け行く甘味に身を任せるこの幸福感。同時にベッドに腰かける僕の膝にはロクが飛び込んでくる。
 僕はロクの頭を撫で、彼に訊ねる。

「ロク。今気が付いたけど、僕がこのチョコを嚙み潰すと、いつもそばに来るよね? そんなにこのチョコが気になる?」

 ロクは小さくニャーとひと声上げ、どっかり体を僕に預けて丸まる。
 僕はその姿勢のまま再び本を開き、もうひと粒チョコを口の中に放り込み、噛み潰す。やはりたまらなく旨い。でも…。

 やはり僕の中に溢れてくるのは、違和感だった。
 本当に空洞がこのチョコの美味しさなのか?
 もっと固い何かを僕の口は期待してはいないか?
 いくら空洞が食感の秘密だとしても、この大きさは不自然だし、噛み潰してチョコを溶かした場合、意味はないし、良さだって分からない。
 そもそも、どうして僕はいつもこのチョコを噛み潰しているのだろう?

 僕は更にひと粒取り出し、指先でチョコを摘まんだまま、前歯で半分に齧ってみた。中の空洞はまん丸ではなく、このボールと同じくラグビーボールみたいに楕円だった。
 新しい疑問が僕の頭に湧き上がる。

 どうしてこの形なんだ?

 呆然と思考を巡らす僕の片手には、半分に齧ったチョコレート。
 身体を起こし、立ち上がったロクはその両手を僕の手の甲に伸ばして引き寄せ、ニャーとひと鳴き。
 そして何かのご褒美みたいに、ロクは僕の手の甲をペロペロと舐め上げた。
 謎は深まるばかりだった。

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