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日記:にげん


胸糞の悪い出来事が起こる。
もちろん、昨日から話していることについて。
知っている良い子が陰湿な女の子になってしまった。そんな彼女らの立ち回りがとても胸糞悪い。

だから、むしゃくしゃした。
暴飲暴食をしてやった。
いや、理由はそれじゃない。単純に暴飲暴食したかったからしただけ。美味かった。

暴飲暴食を重ねて、家に帰って吐き気の3秒前に寝た。

起きたら二限ギリギリの時間。
頑張れば行けるとは思うけど、頑張んなきゃ行けない。一学期に珍しく必修では無い科目。昨日提出の課題も暴飲暴食で忘れて逃した。
これはもう捨てる方がいいのではないか?

今、言葉にすると少し罪悪感が芽生える。
まだ、取り返せるから来週は頑張ろうかしら。

二限を飛ばして、ライブに向けたギター練習。
力いっぱいに綺麗な音がなるように、綺麗な声で歌えるように弾いては歌った。
そしたら2弦が切れた。
そして、替えの2弦はない。
戻ることの無い時間を悔いて二限を飛ばした僕の目の前に代わりのないギターの2弦が飛んだ。

天罰か。
にげんに愛されてるわ。
にんげんには愛されないのにね。
トホホ

一昨日にはハブられている女の子の話を聞いた。
そして今日は前に付き合っているけど最近気まずい男と話を聞くためにご飯へ行く。場所は初めてサークルの集まりで使ったお好み焼き屋さん。華金だからかまるで飲み屋。
大学生だからと変にお酒を頼むことも無く、カルピスとコーラを頼んだ。可愛いや。美味しかった3種チーズもんじゃと豚玉と豚キムチ焼きそばの3品を彼女の愚痴をおかずにして食べる。誰にも話せなかった話とか、共感して欲しい話だとか、なんだか女々しい話をしてた。やっぱり人間の男女関係の話はめんどくさい。元から付き合わなければそんなことにならないよ、ってモテない自分と後悔してる彼に言い聞かせる。

「別れたくないって思ってる自分が嫌だ」
そうやって言っては泣く前の顔をした。
めっちゃ関係ない話だけど、「悲しい」とかそういった直接的な表現を無くしていけば、小説っぽくなるらしい。いや、べつにさ。小説家になりたいわけじゃないよ、でも、なんか詩的な表現に憧れは持つじゃん。まあ、いいや。
つまり、彼は、天気雨のような顔をした。
僕が聞いたようにあれほど悪く言った彼女の良いところも悪いところもおんなじくらいに知ってるんだろう。なおかつ、悪い所も理解して別れる必要があるって考える。でも、別れられない。まだ、好きだとかそこじゃない。彼女と過ごした確かな楽しみ、幸福。それらのよさを考えれば「別れない」選択肢が生まれるんだろう。

複雑だよね。
心の作用って言えば格好がつくかな?
カッコつける意味も分からないけど、ただの日常の機微を増幅させる作用。
悲しいけど、僕らはそこで物事を考えている。

今日の講義中、良くないけど暇だった。
その時間中に過去、僕の書いたnoteの日記を振り返った。また新しくまとめてみたり、読み返したりした。
絶賛受験期でくそ病み中の僕が書いていた文は想像するよりも頑張ってクリエイティビティに溢れてた。
あの日々には何も意味が無いと思う。人生に一度あるかないかの入試期間の日記は意味があるし貴重であると思うけど、そこにどんな色の言葉をつけるか操作するのは当時の僕だ。それがめっちゃよかった。過去読んだnoteの記事で一二を争うほどに面白い。自惚れるほどに面白かった。それが僕にできていたことが何よりも嬉しかった。