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秋(1)

10月のはじめ、祖父が死んだ。
長患いをしていて、そろそろ俺は死ぬかな、明日あたり死ぬかな、とか細い声で呟いて本当に翌日死んだ。
「おじいは、皆がいる時に死ねてよかったね。誰にも知られずに死んだら、さみしかったでしょう。よかったね。おじいはベッドの上で死ねてね。」
お母さんがおじいの死顔を撫で回しながら言った。おじいはお母さんのお父さんだ。
おばあは私が生まれる前に死んでいた。
お母さんは離婚してから私を連れておじいの家で暮らす事になった。
おじいは私にベタベタに優しかった。
私はおじいの死顔を見ても、おじいが死んだような気がしなかった。
でもひとが、身近なひとが、亡くなったのだ。私は闇の底に引きずり込まれていくような得体の知れないこわさを感じた。
おじいが死んでしばらくして、気分転換に行こうとお母さんが言った。
お母さんは車を運転して、山方面に行こう、そろそろ紅葉がはじまっているかもしれないから、最近は気温が下がってきてるから、湖のあたりまで、と峠道を走らせた。
山の空気はおいしく、空は高く薄青に澄んでいた。
山の繁みの間に別荘が所々、建っている。ログハウスや洋館風の家だ。
今は、山のきのこ採りが盛んでよく遭難する人がいる。きのこに夢中になり、帰り道がわからなくなるのだ。
おじいもきのこ採りが好きだった。
誰にも教えない秘密の狩り場があったのだ。おじいはそこで天然の舞茸や珍しいきのこを採ってきた。
「いいか、きのこの生える場所は誰にも教えん。家族や親しい奴にも教えちゃいけん。俺が死ぬ前にこれは、と思える信用できる人間だけに教える。これは俺の父親から教わったんだ。どうだ。お菊は知りたいか?」
おじいは焼酎のリンゴジュース割りを湯呑み茶碗でちびちび飲みながら私に言った。
「知りたくない。山なんか行きたくない。」
私は愛想なく答えた。
「天然の舞茸なんてうめぇんだぞ。高い値で売れるんだぞぉ。」
「なめこの方が好き。」
おじいは山のなめこも時々、採ってきた。
大きくて、土や枯れ葉のついたそれを水につけて汚れを取り、大きいのは手で4つに裂いて、小さいのはそのまま味噌汁にした。
なめこ汁もおじいが作ってくれた。
「なめこもいいがなぁ。お菊はなめこが好きなんか。今度おじいと山行くか?」
「やだ。」
「まったく。」
おじいは嬉しそうに笑って私の鼻をつまんだ。本当に嬉しそうな笑い顔だった。
お母さんは料理がまったく駄目だったので、おじいと暮らすようになって手料理の美味しさを私は知った。
おじいはなめこを大根おろしときゅうりの薄切りと三杯酢で和えてなめこおろしにしてくれた。私も作るのを手伝った。サッと湯がいて冷水に取った大きめのなめこを手で食べやい大きさに裂くという作業だ。
「手で裂くと良い加減に味も染みるような気がするだでな。よしよし。そのくらいだ。」
甘酸っぱいなめこおろしは美味しかった。
丼いっぱい食べたいくらい美味しかった。
私が美味しがると本当におじいは嬉しそうににこにこしていた…。


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