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ねこの孫

22
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ねこの孫22

ねこの孫22

巌は顔の違和感で目が覚めた。
「おじいちゃーん」
こねこの杏が巌の頬を舐めていた。ザリザリと杏の舌の感触が巌を夢の世界から引っ張り出したのだった。
「杏、どうした」
巌は顔の横の杏に言った。
「お腹空いたー。朝ごはんー」
杏は言った。
「おお、今何時だ」
巌は目覚まし時計を見た。六時。
「杏はいつもこんな早く起きるのか。つらいなあ」
つらいというのは巌が眠くてつらいのだ。
昨日は深夜三時過ぎまで小

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ねこの孫21

ねこの孫21

母はあっという間に甘食をひとつ平らげた。
「これはおいしいけど飲み物が欲しくなるのよね」
甘食の端の方はパサつきがちなのだ。
「こうちゃんも食べなさいよ」
母はひとつ残った甘食の袋を光司に差し出した。
「いいよ。それ全部母さんの分だから。僕は自分のがあるから」
光司はそう言って窓に目をやった。
鉄格子の隙間から澄んだ青空が見える。
何が悲しくて母はこんな部屋で過ごさねばならぬのだろう。
祖父に対す

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ねこの孫20

ねこの孫20

「私が自分で手首なんか切るわけないじゃない。痛いのに」
母の左手首には白い包帯が巻かれていた。
「ごめんね。夕飯のポテトサラダにりんごを入れようとしたのよ。りんごの皮剥いてたらすべって左手に刺さっちゃったの。痛かったなあ」
母は包帯の巻かれた左手首をさすりながら言った。
「光ちゃんお祖父さんが小高で夕飯食べなさいって言ったでしょう」
「うん、でも僕は嫌だな。小料理屋なんて高校生がひとりで、食事する

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ねこの孫19

ねこの孫19

「うん、早退した。大事な用事があったから」
光司ははっきりした声で島田さんに言った。
島田さんはじっと光司の顔を見る。
光司は居心地が悪くなる。
じわじわと自分が悪いことをしているような気がしてくる。
「まぁ、坊っちゃんくらい歳になると色々ありますしねぇ。勉強より大事な事がありますよねぇ」
島田さんはそんな言い方をした。光司はほっとした。早く立ち去りたい。
「じゃ」
と踵を返そうとすると、
「坊っ

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ねこの孫18

ねこの孫18

巌は紀子との通話を切った。
娘には夫とよく話し合いなさいと言ったが、俺は娘にそんな事が言える人間か、と苦い気持ちがする。
馬鹿だな。父親ぶって。
紀子が生まれてから巌はしきりに自分が父親になれるのだろうかと不安になったものだった。巌は自分の父親を知らない。
自分の父親に一度も会った事がない。
誰が父親なのかもわからなかった。
認知もされていない。
母親の私生児だったが、いつの間にか祖父が自分の養子

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ねこの孫17

ねこの孫17

「紀子。それはいいけど、気になる事があってな。洋一君は杏の言葉がわからないのか?」
巌は切り出した。
「えっ」
紀子の声がつまる。
「今日な、知り合いが来てさ、玄関に杏が俺を呼びながら出て来たんだけど、俺にはちゃんとおじいちゃーんって聞こえたのに、その人にはにゃーんって聞こえたんだと」
「…ふぅん」
「それで杏が言うには、パパは杏の言葉がわかんないって言うじゃないか」
「うーん」
「そうなのか」

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ねこの孫13

ねこの孫13

杏を膝の上に乗せ、喉を撫でてやるうちに仔猫はまた眠ってしまった。
生き物の温かさが伝わってくる。
小さな耳に目をやるうちに巌は命とは儚く、だからこそ尊い。などと柄にもなく思った。そしてまたパソコンに向かう。

光司は高校の事務室の前にある公衆電話から、母の入院している欅病院に電話をかけた。学校が終わったら面会に行くつもりだった。電話に出た看護婦らしき女は本日はちょっと遠慮してもらいたい、というよう

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ねこの孫16

ねこの孫16

夜の10時過ぎ、巌が漫然と雑誌をめくっているとスマホに着信があった。
どうせ紀子のやつだろうと出るとやっぱり紀子だった。
「お父さん、夕ご飯食べた?」
いきなり訊いてくる。
「食べたよ。しかし、なんだいありゃあ、からあげととんかつなんて、年寄りいじめのチョイスじゃないか」
巌が文句を言うと紀子は、
「だって寄ったスーパーが揚げ物三割引きの日だったのよ。こりゃ買いじゃーっていう気になってついカゴに入

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ねこの孫15

ねこの孫15

「巌さん、筑前煮と切り干し大根食べました?」
いきなり女将が言った。
なぜ、開口一番そんな事を訊く。
巌の胸に嫌な気持ちが湧いてきた。
昼間、杏が「食べちゃだめー食べちゃだめー」と言った煮物だ。
そのせいでまだ食べてはいない。
「いやあ、まだ手を付けてないよ」
巌はそう返事をした。
それを聞くと女将は胸に手を当て、
「あーよかったわあ」
と言った。
「なんだい。何か問題でもあったのかい」
「いやね

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ねこの孫14

ねこの孫14

紀子が持ってきた杏用のごはんはレトルトパウチのスープ仕立てまぐろ、小海老入りという豪華な猫用のごはんだった。
「随分猫も贅沢になったものだなあ。スープ仕立てだって」
巌は言った。
それを杏用のごはんの器に入れてやる。
自分の飯は紀子のりこが買ってきた惣菜を食おう。巌は冷蔵庫を開けた。
ビニール袋からパックを取り出すとそれは唐揚げととんかつだった。
「あいつは何考えてんだ」
育ち盛りの男子ならいざ知

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ねこの孫12

ねこの孫12

巌はパソコンに向かい、キーボードを叩く。背後で仔猫が駆け回っている音もやがて気にならなくなる。今、書いている小説は自分の人生を下敷きにしている。
あの日々。
母とふたりで暮らしたマンション。
西日のオレンジ色。
主人公の高校ニ年の光司がひとりでダイニングのテーブルについている。
目線はテーブルの上の置き手紙にある。
手紙には「母、欅病院に入院する事になった。心配無用。夜の食事は小高でとりなさい。祖

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ねこの孫11

ねこの孫11

それでも、巌は煮物の入ったビニール袋を冷蔵庫にしまった。まさか毒入りだとも思えないからだ。
杏が見てないところで食っちまおうと思った。
女将の料理は異様にうまい。
だから女将の店に通っていたのだが、最近は人と会うのが億劫になり、外でものを食う気になれなかったのだ。
小説を書く仕事をしていると、物語の世界に没頭し、クタクタになってしまい、人間と口をきく力すら残らない。
さっきも久しぶりに女将と話した

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ねこの孫10

ねこの孫10

女の色香を残して女将が帰った。
玄関ドアを閉めた巌が振り返ると杏はいなかった。
あれ?どこに行った。
「杏、あーん。どこ行ったのー」
と呼びながら居間へ行ったがいない。
和室も見たがいない。巌は焦った。
「杏ー。どこだー。返事してー」
巌はソファーの裏や念のため押入れも開けたが仔猫はいない。窓もサッシの戸も閉めてあるので外には出ていないはずだ。
「困ったな。かくれんぼか」
巌は女将にもらった煮物を

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ねこの孫9

ねこの孫9

昼寝しそびれた巌が天井を見つめているとピンポーンと玄関チャイムが鳴った。
(む、誰だろう。押し売りか宗教の勧誘か)
そういう手合いだと相手するのが死ぬほど面倒臭いので居留守を使うか、と巌は息を殺して思った。
起きると腹の上の杏を起こしてしまうかもしれない。せっかくぐっすり寝ている仔猫を起こすのは忍びない。
巌がそう考えているのとまたピンポンピンポンが立て続けに鳴る。しつこい。根比べだな。と巌が心を

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