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ねこの孫18

いわお紀子のりことの通話を切った。
娘には夫とよく話し合いなさいと言ったが、俺は娘にそんな事が言える人間か、と苦い気持ちがする。
馬鹿だな。父親ぶって。
紀子が生まれてから巌はしきりに自分が父親になれるのだろうかと不安になったものだった。巌は自分の父親を知らない。
自分の父親に一度も会った事がない。
誰が父親なのかもわからなかった。
認知もされていない。
母親の私生児だったが、いつの間にか祖父が自分の養子にしており、戸籍上は自分と母は姉弟ということになっていたのだ。
父代わりの祖父は尊大な人だった。
巌は歳を重ねるにつれ祖父を嫌悪するようになっていった。
だが、現実は経済的にも祖父の世話にならないと暮らせず、巌は自分の立場に苦しんだ。
(そうだ、小説を書かなけりゃ)
時刻は零時近い。今なら、書けそうだ。書ける時に一気に書いてしまわないと。
巌はパソコンに向かった。

光司は午後、高校をサボった。
早く母の見舞いに行きたかった。
欅病院の面会は午後二時からと電話で問い合わせて聞かされていたので昼飯も食わずに校舎をコソコソ出た。
何となく後ろめたい。
その中に高揚するような気持ちも混じっていた。光司は普段は真面目で学校をサボるのは初めてだった。
しかし、腹が減った。
どこかでパンでも買って食べよう。
まだ時間が早すぎる。十二時四十分。
欅病院までバスに乗って十五分。
そうだ、バス停で時刻表をみないといかんな。光司は通学カバンを持ったまま、あれこれ考えながら歩いた。
アーケードの商店街に差し掛かると、そこのパン屋で何か買おうと思った。
母はいつもそのパン屋で甘食を買っていた。彼女はそれをおやつに食べるのが好きだった。光司は甘食をあまり好まなかったのでいつもクリームパンをねだった。
母はチョコレートムースやパウンドケーキなどの洋菓子を手作りするくせに自分が食べる分には素朴な菓子を好んだ。
パン屋の戸を開けようとすると、
「坊っちゃん!光司坊っちゃん!」
と後ろからでかい声で呼ばれた。
光司がギクッとして振り向くと祖父の家政婦の島田さんが立っていた。手に葱が飛び出した買い物カゴを下げている。
光司はまずいな、と思った。
祖父に学校をサボったのを告げ口されると面倒だ。
「島田さんか…」
光司は島田さんに向き直った。
島田さんは「こんな所で会うなんて奇遇ですねぇ。」
と目を細めた。口もとから金歯が光った。
「今日は学校半ドンですか。あら、でも今日は金曜日ですよねぇ」
島田さんはからみつくような声で光司に言った。

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