見出し画像

踏み出すこと、つながること、小さな気づき

今月の初め、新しい仕事を任された。
今秋発売になる商品について、新人販売員向けの資料作成。商品特長のエッセンスはこれですよ、ターゲットはこのようなお客様ですよ、お声かけのきっかけはこんなワンワードで・・・など、商品についてわかりやすく嚙み砕いた内容の資料の作成だ。
「(PC画面を見せつつ)ほかのエリアだとこんな感じで作ってるんだけど、明日の会議が終わるまでに作れる?」
にこやかに、でも遠慮はなく上司のエハラさん(仮称)は言ってきた。明日? いや無理無理。月初の報告物まだ手をつけてないし。明日休みだし。ぜったい無理。と思いつつ、え~~とぉ~~、と濁していたら「あ、無理だよね、いいよいいよ、お盆前くらいまででいいよ」と言ってくれた。察してくれたのだろうけど、思ったより猶予あるな。なんだよ明日って。
「承知しました。では、できるだけ早く取り掛かります」
24時間後からいきなり2週間も得したような錯覚も手伝って、わたしは快諾してしまったのだった。

特定とはいえ、多数の人に見せる資料の作成ははっきり言って苦手だ。
今回の資料のような内容を考えるのは好きだし、考えた内容を内輪のメンバーに伝達する、というようなことはいくらでもやってきた。つまり内容は決して嫌いではない。むしろやりがいさえ感じられる。
でも、文字に起こして資料にする、となると急にしり込みしてしまう自分がいるのだ。

わたしは、言葉への信頼が強いタイプの人間だと思っている。
自分の発する言葉に責任を持ちたいと思うし、それは裏返せば相手の発する言葉もにおいてもそうだ。人間がコミュニケーションをとる際に言葉をつかっている限り、わたしは言葉を信じる。信じるゆえに、ときに(いや、しばしば)慎重になるし、臆病になるし、懐疑的になる。
それはリアルタイムで見聞きする言葉に限ったことでなく、本や映画や歌詞や、商品の説明書きや行政の広報誌なんかに対しても同じようなスタンスでいることがある。

そんな性質ゆえ、人の作った資料を読むときも粗探しをする意地悪というか、小賢しさの末裔みたいな自分がいるのだが、自分が資料を作ったあと、自分で読み返すときにもそんな自分は現れる。ああ、この言葉じゃしっくりこなかったな、とか、この書き方では内容に矛盾が生じてるよな、とか、てにをはの使い方が間違っているかも、とか。
それらの小さな引っ掛かりは見るたび大きくなって、予期せぬ道を辿りながらどんどん膨らんでいく。わたしの言いたいことが伝わらないかもしれない。こんなこと考えてるんだ、と眉をひそめられるかもしれない。誤解を招いてめちゃめちゃ叩かれるかもしれない。明日から居場所がなくなったらどうしよう…等々。
冷静に見返して点検しているだけのはずが、いつの間にか感情部分が大きくなっていく。灰色の雲がどんどん脳内を占めてゆく。
はあ、どうしよ、頼まれた資料…。


「…って思ってるでしょ? ウオズミさん完璧主義だもんね」
ぱたりとPCを閉じてエハラさんは言った。エハラさんはよく日焼けしている。きっちりメイクしている顔とどこかちぐはぐな、健康的な二の腕。この暑い中毎日外を歩いてるんだな、すごいな、と黄金色の腕を見てわたしは思う。
「ちょっとでも間違ってたらどうしよう、って思うんだよね。誰が見てもわかるきちんとした内容にしなきゃって思ってるでしょ?」
わたしのこころを読んだかのようにエハラさんは続けた。そう、そうなんです。うんうんと頷く動作と言葉が一緒になって、昭和のおもちゃみたいな動作をしてしまった。
「そうなんです。間違ってたらどうしよう、ウオズミはこの程度しかできないのか、って思われるの怖いです。そんなの何度でも挽回できるのに。それに、失敗しないとわからないこともたくさんあるって、わかってるのに。
わたし、最近やっと気づいたんですけど、そうやって恐れるあまりにチャンスをたくさん逃してきた気がするんです。やってみよう、って思うのに、うだうだ考えすぎて進まなくて、その間にできる子が先に発信しちゃう。サクサク発信してる子見ると、わたしだってそのくらいのこと考えてるよ、出来るよ、とか思ってひとりで悔しがってたりしてて。実際に行動を起こしてない自分の問題なのに。
ずっと同じところにいて、後悔ばっかりしてるんです。それに気づいたんです」
エハラさんは静かにとなりにいてくれた。
「でも、そろそろそういう自分を卒業しなきゃなので。資料作りますね」
「すごいじゃん。自分で気づいてるの、すごいよ」
エハラさんは言った。
「昨日お姉ちゃんと話したんだけどさ、わたしのお姉ちゃんもあなたみたいなんだよね。すごく慎重で、細かいことまでいろいろいろいろ考えて、石橋をめちゃくちゃ叩くのよ。叩きすぎて壊れるよってくらい。
わたしは、何事に対しても、まあどうにかなるか、とりあえずやってみて、ダメだったらそのとき考えよ、ってタイプだから、お姉ちゃんと正反対なのよ。どうして姉妹でこんなに違うんだろうね、って昨日も話してさ。
でもね、いまはこんなだけど、実はわたしも昔はあなたやお姉ちゃんみたいだったんだよ。考えすぎて動けなくてさ。だからどっちの気持ちもわかるよ」
じゃあ、出来上がったら連絡してね。新商品がんばろうね。連絡待ってるよ~。
大きく手を振りながらエハラさんは去っていった。8月の太陽が似合うなあ。後ろ姿を見送りながらぼんやり思った。

取り掛かってみたら思っていたより楽しかった。内容もだけれど、レイアウト決めなんかも気分転換みたいで、適度に自分らしく出来上がった。
よしよし。みんな読んでくれよな。新商品売れますように。

noteを書き始めたきっかけはいろいろあるのだけれど、最初に決めたことがいくつかあった。
「とにかく書いてみる」
「8割くらいの出来でも公開することを恐れない」
「反応に左右されないようにする」
こんな感じだ。
ものすごく書き慣れているというわけではないので、まずは質より量を重視すること。でも、ただ書き散らせば良いとも思えないので(捨てたくないプライド)、ある程度のクオリティを維持すること。そのふたつを天秤にかけて、できるだけ早く妥協点を見つけること。見つけた妥協点の反応が悪くても、そのことばかりあれこれ悩まないこと。
まだ投稿数は数えるほどなので、決してこれらが習慣のようになっているとは言い難いけれど、今回の仕事には良いタイミングで接点があったのではないかと思っている。

いろいろなことが結びついている。いいぞ、こうやって点と点がつながっていくんだ。
小さな出来事から、こうやって気づけた自分をかわいがってやるぞ。



この記事が参加している募集

#仕事について話そう

109,984件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?