かわいく鳴いて 1

注意
 性的表現など一部過激な表現を含んでいます
 苦手な方は自衛をお願いいたします。 



 一口飲んで最初に広がったのは苦みだった。そのすぐ後にほのかな甘みに物足りなさを感じることはなかった。
 子供の頃なら一口飲んでやめていたであろうコーヒーにまた口をつける。
 当時の自分が見たらどう思うだろう?
 なんて妄想をしながら予定の時間までパソコンの前でカタカタとキーボードをたたく。
 狭い机に置かれたゲーム用のパソコンとそれを接続しているモニター、白で統一したマウスとキーボード。友人の勧めで買った安いマイク、脱いだ服が散乱している床と昨日飲んで空になったビールの缶が適当に置かれている折り畳み式のテーブル。
 今この空間に存在する音は外から聞こえる車の走る音と、キーボードを叩く音とマウスのクリック音。いつもの音に割って入ったのは13時でセットしていたタイマーの音だ。
 スマホのタイマーを切り、パソコンの電源を落としてから席を立つと、何時間も座って作業していたせいか腰が痛く、ぼきぼきと骨と思われるものが若干の恐怖を覚えるような音を立てて鳴るが、それを無視して、床に乱雑に置かれた服たちを足で軽くどけてクローゼットを開ける。
 いつもの外出用の服に袖を通していく。脱いだ服はやっぱり床になげて。
 13時30分。いつもと同じ時間に家を出て最寄り駅までの数十分を炎天下にさらされながら歩く。
 最近の夏は暑い。半袖に薄手のズボンを履いていても汗はとどまることを知らない。タオルなんかで拭けばいいのだろうが、そんなことしたところで汗が止まるわけではないので暑さに耐えつつ目的地まで足を動かす。

 外観はぼろいくせに内装は真新しく高級感ある部屋に出入りする人は相変わらず全くいない。
「今日のお客なんだが、」
 正面のソファーに座っている内藤(ないとう)が言いづらそうに少し顔をしかめてからため息をついた。
「今回相手をしてもらう客なんだが、ちょっと曲者で何回もここで猫を取っているんだが、、、」
 ちなみに「猫」とは男同士の行為で女性役をする男の事で「猫」以外の呼び方もあるが、この店では「猫」を主に使っている。
「こいつのところに行った猫達みんな二度とあいつにはつきたくないって言ってて、まだ猫として行ってない子にもお願いしたんだけど悪いうわさが広がっちゃったらしくて、誰も行ってくれそうにないんだ。」
「だからお前が行け」とでも言いたげな物言いに聞こえない程度の舌打ちを打つ。
「金払いはいいからどうかな?」
「払ってもらった金は4割お前らが持ってくんだろ?」なんて言えたらスカッとするのだろうけどそんなことは言わない。
「住所どこですか」
 稼げればなんでもする、それが売りなのだからほかの猫たちが逃げて行った哀れな飼い主を慰めて奉公して飼い主の性欲のはけ口になってあげる男娼猫もまた必要だろう。
               つづく

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