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3月11日の日記

眠たい身体を無理矢理起こして駅に向かう。
開いた電車のドアから並び行く、社会人と学生の群れ。
昨日の続きのはずなのに、どこか電車内に立ち込める微かな緊張感はその日を物語っているからなのか。
10年前のことが嘘のように、空は雲一つない青空だった。あの日はしんしんと牡丹雪が降っていた。
「ブレーメン 外は青い空」
ふと聴きたくなって、くるりの『ブレーメン』を聴きながら会社へ向かって歩く。
あれから『ブレーメン』は自分の中で大切な曲になった。


今日も今日とて忙しなく時間は進む。
気がついたら時計の針は真上に差し掛かりそうだった。
デスクにやって来た職場の先輩と世間話をしながら、ふと先輩がこちらを向いてぽつりと呟く。
「Tomoちゃん、泣きたくなってくるよ。今日、母親の命日なんだ。」
はっとして顔をあげると、先輩は泣きそうに笑っていた。
この街に住んでいる限り、そういった話は必ず聞こえてくる。
意味を察するには時間はかからなくて、わたしはただただその言葉を受け止めるしかなかった。


気がつけばその時間が迫っていた。
それが3分前であろうと、目の前に広がるのは人が慌ただしく行き交ういつも通りの光景だ。
誰にも気づかれないような音量の社内アナウンスが、その時間の到来がもうすぐなことを告げる。
気づいた上司がやや強い口調で「黙祷」と声を上げた。
その合図と同時に鳴る防災無線のサイレンと、時が止まったかのように無音に包まれる空間。
どこまでも鳴り響くサイレンの音が永遠に感じた。
黙祷の中、わたしの脳裏に浮かんだのは「ここまで十分頑張ったよね」という言葉だった。


震災から10年を迎えるにあたり、文章作品を発表した。
今回の作品はあの日から今日に至るまでを打ち明けた作品で、こんなに赤裸々に書いたことは今までなかった。
本当は無理に全てを打ち明けなくてもいいのかもしれない。それでも発表したのは、ここで打ち明けないと記憶が陽の光を浴びないまま朽ち果ててしまう感覚がしたから。
苦しさはそのままに、少しずつ忘れていく記憶。そのうち正体がわからなくなったもやもやに苦しめられるくらいならば、ここで大切な人達に打ち明けた方がいいと決断したのだった。
“友達”とは、今まで震災の話をほとんどしたことがなく、いつだって楽しい話だけで十分だった。
決して自分の辛さやしんどさを知ってほしいとか共感してほしいわけではない。けれど、自分の口でちゃんと本当のことを打ち明けなければいけない、あなたのおかげで自分は今日までこうやって生きてきたことを伝えなければならないと数年前から思うようになった。
自分の全てを使って表現するため、最早3月11日までの命だと思って生きてきた。
発表したらいっそのことSNSのアカウントも全て消して、ひっそり生きていこうとも思ったし、なんなら今でも少し思っている。
それでも消さずにいるのは、何かを言葉にしたいとか、やっぱり誰かと繋がっていたい気持ちの現れなのかもしれない。

その夜、ご縁があって大阪のラジオ局の番組に電話出演することになった。
元々リスナーとして聴いていた番組とはいえ、まさか自分が逆電に出ることになるとは想像もしておらず、案の定緊張でガチガチのまま出演した。発する言葉の輪郭があやふや。録音した音源を聴いてみると危なっかしくて少し恥ずかしくなった。
発表した作品を元にいろんな質問をしていただき、話を繰り広げた。有難いことにTwitterや番組へのメールなど反響を頂き、少しでも話す意義はあったかなとも思った。
けれど、地元や震災についてちゃんと答えられない、話せない自分もいた。それは記憶が風化していたり、近年あえて地元そして震災の話題から逃げていたからである。長いこと震災のことについて書いたり話し続けていたのにと、自分の中でショックを受けたりもした。そのせいで正直話すことに自信がなかったものの、拙いながらできる限り一生懸命話した。そんなわたしの話に真摯に耳を傾けてくれたDJさん、リスナーさんには本当に感謝している。


できれば楽しい話がしたい。
10年経ったことで、例年以上に震災のことを話す機会が多かった。
震災のことを話すのは、いつも以上にエネルギーが要る。単純に言うと疲れ果ててしまった。無理矢理アドレナリンを大放出させて駆け抜けた1週間を終えた今、できることならしばらく四肢を投げ出してぼうっとしていたい。
震災の話は重たいし、しんどいし、時にはどんな顔をしたらいいのかわからなくなることもある。10年間ずっとそんな話をし続けた分、今は、これからはそれ以上の楽しい話をしたい。
震災のことをこうやって話すのは、これで一旦最後にしようと思う。
その代わり、これからは楽しい話をしよう。楽しい思い出を増やしていこう。友達と一緒に。大切な人と一緒に。


10年。わたしはここまで生きてきた。これからも生きていく。


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