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ネコと人間と最後の晩餐

ネコを保護して八日目、動物病院でFIP(猫伝染性腹膜炎)と診断され、太い注射を打たれて帰ってきたネコは(ネコと人間の八日間⑤)、エサもほしがらず横になって眠っていた。もう一度なにか食べられるとしたら、それが最後の晩餐になるかもしれない。

「最後まで諦めない」ことが大切とよくいわれる。このような状況で、絶対に病気を治すんだという強い思いをもつ人もいるだろう。しかしそれは弱ったネコを余計に苦しめるような気がして、人間はそういう気分にはなれなかった。それよりも最後の瞬間まで寂しい思いをさせない、ひもじい思いをさせないということが、このネコにとってささやかだけどいちばん幸せなことなのではないかと思った。

ネコに最後にうまいものを、たとえひと口でも食わせてやれば、少しは気分が晴れるような気がした。(ネコと人間の八日間①

結局1週間たって、ふりだしに戻ったのだった。人間はネコが寝ている間にジョギングと買い物を済ませることにした。いつものように10キロ走り、帰りに近所のスーパーに寄った。

鮮魚コーナーに今年初めてのサンマが並んでいた。近年は不漁といわれているが、なかなかいいサイズのサンマだった。それが2尾セットでパックされている。一人暮らしの身で2尾は多すぎるが、最後の晩餐にはちょうどいいと買って帰ることにした。

家に着くとネコは目を覚ましていた。ためしにちゅ〜るを口に近づけるとぺろぺろと舐めた。改めて見るとネコはいかにも病人という雰囲気でやつれていた。頬はこけ、毛はボサボサだ。それでも食欲は戻ってきている。これならサンマも食べられるかも。

ガスコンロのグリルでサンマを焼く。ネコにとってまるごとの魚を見るのは初めてのはずだ。そういえばなぜネコは魚が好きなのだろうか。原種はヤマネコだから魚よりは肉のほうが主食のような気がする。そんなことを考えている間にサンマはいい色に焼けていく。

サンマが焼き上がり皿に乗せる。頭としっぽが皿からはみ出している。この家にはサンマが丸ごとおさまる皿がなかった。そういえば、去年はサンマを食べなかった。今年もネコがもしいなかったら食べなかったのだろう。よし、ネコがいてもいなくても、来年の今日もサンマを食べることにしよう。サンマが丸ごとおさまる皿も買うことにする。10月2日はサンマ記念日だ。

サンマをほぐしてネコの食事皿にのせる。ネコは自力では起き上がれないので、体を支えて上半身を起こしてやる。ネコはおそるおそるひと舐めしたあと、勢いよくかぶりつく。あっという間に皿が空になる。追加のサンマを乗せるとそれもすぐにたいらげた。

ネコの顔に生気が戻っている。少しふっくらとして、毛並みも整っている。食事ひとつでこんなにも変わるものか。

昼間たっぷり寝たせいか、夜はなかなか寝つかなかった。人間の指を両手でつかんでじっと人間の顔を見つめている。眠ったらもう目を覚まさないのではないかと心配だったが、なんとなく今晩は大丈夫なような気がした。

サンマはもう1尾残っている。そのあとはホッケでも食べようか。それとも茹でたササミがいいか。さあ、そろそろ寝ようぜ。また明日も最後の晩餐だ。

お気持ちだけで十分だと思っていますが、サポートされたくないわけではありません。むしろされたいです。