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「論語」から、中国デジタルトランスフォーメーションを謎解きしてみよう。第117回

本シリーズのメインテーマは「論語」に現代的な解釈を与えること。そしてサブストーリーが、中国のDX(デジタルトランスフォーメーション)の分析です。中国の2010年代は、DXが革命的に進行しました。きっと後世、大きな研究対象となるでしょう。その先駆けを意識しています。また、この間、日本は何をしていたのか、についても考察したいと思います。
 
憲問十四の二十六~二十八
 
憲問十四の二十六
 
『蘧伯玉使人於孔子。孔子与之座而問焉、曰、夫子何為。対曰、夫子欲寡其過、而未能也。使者出。子曰、使乎、使乎。』
 
蘧伯玉が孔子に使者を送った。孔子は席に座らせ問うた。「ご主人は何をしておられますか?」使者は答えて、「主人は落ち度のないように心掛けておろますが。まだそうなってはおりません。」使者は退出した。孔子曰く、「よい使者だ、よい使者だ。」
 
(現代中国的解釈)
 
アリババの創業者・馬雲には、使者というか、参謀役、水先案内人のような存在がいた。CEOの座を譲った張勇である。彼は双11(11月11日独身の日セール)、O2Oスーパー盒馬鮮生のシナリオライター兼ディれくたーだった。しかしトップとしてプロデューサーの立場となった彼には、そのような存在を欠いているように見える。
 
(サブストーリー)
 
昨年12月末、張勇は自らクラウドコンピューティング子会社・阿里雲のトップに就任した。これにはきっかけとなった事件がある。12月18日に起こった香港データセンターのシステムダウンだ。ここ10年でもっとも大規模な傷害となり、多くのサービスが提供不能となり、ほとんどの主要顧客が影響を受けた。トラブルの原因はさらに1年前にさかのぼる、システムの脆弱性に気付きながら、1ヵ月も当局に報告しなかったのである。そのため阿里雲は、6ヵ月の期間、政府との提携関係を停止された。それなのに改善が見られなかったことになる。張勇の阿里雲に対する不満は爆発した。
 
阿里雲の従業員は、張勇から800語の通達文書を受け取った。それには顧客の重要性が20回も繰り返されていた。顧客第一主義とは扁額の飾りではない、スローガンではないことが強調されていた

阿里雲の昨年10月~12月期の四半期決算によれば、売上の伸びはわずか4%にとどまった。アマゾン、グーグル、マイクロソフトは、同時期に20%~40%増である。クラウドサービスの世界シェア、特にネットワークなどのITインフラをサービスとして提供するIaaS(Infrastructure as a Service)において、阿里雲は世界3位だが、置いてけぼりを食らいそうである。社会問題のソリューションにおいて、アリババは誰よりも先行していた。鋭い感性も、現在では、並みの企業になりつつある。張勇にとって突破力のある使者は、まだ見当たらない。
 
憲問十四の二十七
 
『子曰、不在其位、不謀其政。』
 
孔子曰く、「その地位になければ、政治に口出ししない。」
 
(現代中国的解釈)
 
秩序重視の孔子が、越権行為を戒めている。現代中国に、越権行為がまん延しているか、といえば微妙なところだ。役得や賄賂などの不正を越権行為に含むなら、なくなってはいない。民間企業、中でも大成功したハイテク企業は事情が違う。積極的に人材をスカウトする。高給の彼らは、不正に手を染める必要はない。
 
(サブストーリー)
 
華為(ファーウェイ)は、待遇の良さで知られる。2016年当時、ファーウェイの給与は、深センの住宅価格に負けない、と称された。年俸500万元超が1000人以上、100万元超が1万人、総従業員17万人の平均年収が80万元に達したという。2017年、ファーウェイは、日本の新卒技術系を、月給40万円で募集して話題となった。これでも日本では破格の高給だった。
 
さらに2019年から“天才プロジェクト”を開始、20~30名の天才少年を採用した。そのうち博士過程出の8人は、年俸182万~201万元だった。こうした高給により、高能率、忠誠、高学歴、大きな経験値のある社員を得た。ファーウェイの従業員は、こすからい不正などする必要はない。
 
しかしファーウェイの創業者・任正非は、高給は誠実を支えるものではなく、システムで支えなければならない。問題は、いかに公平なインセンティブ分配を実現するかにあるという。年功序列賃金など、別の惑星の話である。
 
憲問十四の二十八
 
『曽子曰、君子思不出其位。』
 
曽子曰、「君子は思考範囲が、その地位からは逸脱しない。」
 
(現代中国的解釈)
 
思考が通常の範囲にとどまる人には、起業などできない。日本社会であれば、そう思って間違いない。しかし、中国での起業は簡単だった。社会は課題だらけ、そのソリューションを考えればよかった。
 
(サブストーリー)
 
アリババはその典型である。最初のきっかけは2003年、SARS(重症急性呼吸器症候群)騒動の年だった。外出制限が続く中、ネット通販の利用が急増した。大きな風を捕らえたのである。次のきっかけは2009年、双11(11月11日独身の日セール)のスタートだ。
 
モバイル時代の需要爆発に、先回りできたことは大きく、双11のGMV(取引総額)は12年で1万倍に拡大する。さらに2009年は、クラウドコンピューティング子会社「阿里雲」を、2013年には物流会社「菜鳥網絡」を設立、トラフィックと物流の急拡大を支えた。
 
また2013年には、MMF「余額宝」を発売した。出し入れ自由で、銀行定期より高い利率を提供したため、何回も預入制限が発動される大騒ぎとなった。そして2015年、信用スコアの「芝麻信用」を、2016年には、消費者金融商品の「花唄」とライブコマースの「淘宝直播」を立上げ、いずれも社会現象となる大ヒットだった。またスマホ決済の支付宝(AliPay)も2014年以降、急速に普及し、中国人の生活を変えた。これらは社会の課題に対するソリューションとして登場し、歓迎された結果である。アリババ創業者・馬雲は、天才型ではなく、まず最初に、中小企業のソリューションを志向した。つまりB2Bからスタートし、その後思いがけずB2Cのソリューションに関わることになった。社会から逸脱した発想を持つまでの、破壊者ではなかったのである。

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