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「論語」から、中国デジタルトランスフォーメーションを謎解きしてみよう。第119回

本シリーズのメインテーマは「論語」に現代的な解釈を与えること。そしてサブストーリーが、中国のDX(デジタルトランスフォーメーション)の分析です。中国の2010年代は、DXが革命的に進行しました。きっと後世、大きな研究対象となるでしょう。その先駆けを意識しています。また、この間、日本は何をしていたのか、についても考察したいと思います。
 
憲問十四の三十二~三十四
 
憲問十四の三十二
 
『子曰、不患人之不已知。患已無能也。』
 
孔子曰く、「他人に自分だ知られていないことを気にせず、自分の無能を気にせよ。」
 
(現代中国的解釈)
 
4月、ファーウェイの孟晩舟が、輪番制の会長に就任した。周知のように、彼女は2018年、カナダで拘束され、米中経済摩擦の象徴となる。2021年9月に開放されたが、その帰国時の様子は全国中継され、多くの国民が見守った。英雄の凱旋だった。
 
今回の人事は、孟晩舟が、創業者で父親、任正非の後継者となる布石か、と誰もが考える。
しかし彼女は、会社は集団的リーダーシップの元に行動する。集団の運命を個人にゆだねることはない、という言い方で、創業家の支配を否定した。しかしメディアは、“最高領袖”と表現した。これまで他の輪番会長には使ったことはない。
 
(サブストーリー)
 
かつて父親は、技術的バックボーンのない孟晩舟に、後継者は務まらない、と発言した。それはともかく、彼女が主役に躍り出たのは間違いない。ファーウェイだけでなくIT業界は、確実に後継者たちの時代へ移行しつつある。
 
某メディアは、孟晩舟をアリババの張勇と対比させている。張勇は1972年1月、上海生まれ。会計士だった父親の影響だろうか、上海財経大学に入学する。卒業後、アーサー・アンダーセン、プライス・ウォーターハウス・クーパーズなどの世界的会計事務所で働き、2005年には、オンラインゲーム運営会社「盛大」の財務担当役員となった。2007年、アリババに入社、消費者向けネット通販「淘宝網」を強化、双11のデザインを描いた。直近では、アリババの6分社化を主導、話題となった。
 
孟晩舟は、1カ月遅れの1972年2月、成都に生まれた。両親は孟晩舟が12歳のときに離婚、母方の性を名乗っている。1993年、深圳大学会計学系を卒業。ちなみに同年、計算機系を卒業したのは、卒業後、ファーウェイに入社したが、1997~1998年、華中科技大学に通い、金融学の修士を取った。以後、ファーウェイの財務を担当する。そしてファーウェイの金融基盤作りに貢献した。
 
2人とも、財務畑の出身なのである。広角に物事が見通せるはずだ。後継者として有利な資質ともいえる。自分の能力を過信することはないだろう。
 
憲問十四の三十三
 
『子曰、不逆詐、不億不信、仰亦先覚者、之賢乎。』
 
孔子曰く、「騙されることを猜疑せず、信義に反する行ないをされるか憶測せず、それでも先覚者ならば、賢者であろう。」
 
(現代中国的解釈)
 
事業の先覚者、つまり創業者は、間違いなく賢者である。支付宝(Alipay)は、スーパーアプリに成長した。元はアリババのネット通販決済ツールであった。入金確定後に商品を発想するメリカリのスタイルを完成させた。その基盤を、QRコード決済の爆発的普及に繋げていった。まさに賢者であった。
 
(サブストーリー)
 
その支付宝を、テンセントの微信支付が追い上げてきた。それでも決済シェアトップを守り、国民的スーパーアプリ(ポータルアプリ)の地位を確保した。しかし、このところ存在感を低下させている。
 
春節期間中のアプリ使用時間、というデータがある。それによれば支付宝はの1日平均7.8分だった。アクティブユーザー5000万を超える大型アプリの中では最短だった。微信はこの8倍、抖音(海外名・TikTok)は10倍だ。またアプリの1日当たり利用頻度でも、支付宝は2~4回、微信は15~20回である。SNSや、ショートビデオには勝てない。
 
オフライン店舗での決済利用率は、支付宝88、4%、微信支付88、5%(2021年)と0,1%差しかないが、翌2022年には2、5%差に開いたという。
 
支付宝は2023年に入り、対策に乗り出した。“看一看”機能を追加、ショートビデオやライブコンテンツの提供を始めた。さらに微信の企業アカウントやミニプログラム機能を意識した、強化策を打ち出した。メディアは、支付宝、TikTok化への第一歩と報じている。しかし、アリババはこれまで、誰よりも早く社会の問題点を理解し、ソリューションを提供してきた。他社の後追いではなかったはずだ。アリババが先覚者でなくなりつつあるのは間違いない。
 
憲問十四の三十四
 
『微生畝謂孔子曰、丘、何為是栖者与。無乃為佞乎。孔子曰、非敢為佞也。疾固也。』
 
微生畝が孔子に向かって曰く、「丘、君は何でちょろちょろ動きまわっているのだ。うまいことを言って取り入っているのか。」孔子曰く、「決して取り入っていません。心を閉ざさないようにしているのです。」
 
(現代中国的解釈)
 
中国人の心に取り入った直播電商(ライブコマース)が失速している。コロナ外出規制下の2021年6月、ライブコマースのユーザー数は6億3800万人、前年比47.3%増加、ネット民の63.1%を占めた。2021年の市場規模は1兆2012億元に達した。技術の発展は、コンテンツ作成、投稿のハードルを下げ続けた。市場発展の空間は、まだまだ巨大に見えた。
 
(サブストーリー)
 
ところがライブコマースの聖地・杭州には、不況感が漂っているという。アリババのライブコマース「淘宝直播」は、杭州から始まった。浙江省商務部によれば、杭州には現在32の主要ライブ放送局があり、5万人近くのライバーと、5000以上の関連企業があり就業者は100万人を超える。杭州の常住人口は1237万人、12人に1人がライブコマース関連の仕事にかかわり、247人に1人は主演ライバーである。
 
そしてこの業界内には“二八定律”という法則がある。上位20%の優秀な人材が、80%の利益を稼ぎ出す、というものだ。残り80%の生活はもともと厳しい。さらに今年、新たな募集案件は、特別に少なく、別の職探しに回った人も多い、有力ライバーの月収は、最低でも2万元だったのに、今年は1万元にダウンした。一般のライバーにとって死活問題となっている。
 
また彼らを雇う側も同じだ。抖音(海外名・TikTok)の投稿者だったSさんは2019年、夫とともに杭州へきて、ライブコマースの制作会社を起業した。しかし、利益は放送会社と折半、従業員への賃金支払いもかさみ、初年度は数十万元の赤字に終った。それでも必死で頑張った。あらゆるカテゴリーの商品を試した。1日3回のライブを行ない、ライブ感覚を養った。その結果、有力なテキスタイルブランドの主力ライバーとなった。そのSさんは、はっきりと不況を感じている。需要と供給が逆転し、コスト削減と効率化が避けられない。これを中国メディアは、“豹変”と評している。トップライバー、李佳琦のライブビューは、1000万に落ち込み、かつての4分の1である。ネット民は、従来のライブコマースに心を閉ざしつつある。さて、業界はどうするか。

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