極短編小説「日常」

A.

気温はそれほど高くない日だったが、雨季特有のまとわりつくような湿気がどうも嫌な汗をかかせる。
張り付いたシャツが気持ち悪い。
こういう日は細かいことに苛立ってしまう。
他人の笑い声、やたら引っ掛かる信号機、湿度で曇る眼鏡、のんびりした歩行者、ぶつかるバッグ。
許容範囲を超えてしまいそうだ。
表面張力の様に、ギリギリで持ち堪えているフラストレーション。
そしてついにその時が来た。
駅のホーム。
スマホ片手に歩いてきた女が俺の並んでいた列に平然と割り込んで来た。
お前の為に距離を空けていたわけじゃない。
舌打ちをするが女の耳にはワイヤレスイヤホンが刺さっている。


B.

今日は随分草臥れたなぁ。
こういう日はパーッと美味しいものでも食べて英気を養いたい。とは言え給料日前だから、安くて美味しいものを。
いつもとは違う道を歩いて散策してみる。
雨の匂いがノスタルジーを誘う。
五感が刺激されて記憶が呼び起こされた。
子供の頃もこうやってあてもなく歩いたっけ。
なんだか懐かしくなって、疲れも忘れて路地から路地へと巡った。
そこで良さそうな町中華を見つけた。
「いらっしゃいませ」
良い雰囲気だな。


スライドが終わり、照明がつく。
教授が眼鏡を掛け直して、僕たちの方に視線を投げる。

「以上。一つは前科もない平均的会社員の帰宅前の感情を記録したもの。
そしてもう一つは連続殺人鬼の犯行前の感情を記録したものです。どちらがどちらか分かりますか?」

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