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<11> 夏とカブトムシとチーズケーキと

夏である。
夏といえば、カブトムシである。
カブトムシといえば、数年前のある出来事を思い出すのである。

・・・・・・・・・・

当時ボクは、1階がお店、2階が会社が入ってる3階建てのマンションに住んでいた。

カブトムシ(以下、彼)との出会いは、清掃会社が入っている2階と3階の間の階段だった。

クワガタや彼の彼女とかは、時折見かけることがあったけど、彼を見るのは久しぶりだった。その風貌は、キングオブ昆虫。フォルムがやはり格好いい。そして、永遠の憧れの的でもある。


「どうせ、すぐにいなくなってしまうだろう」

そう思っていたが、翌日も、その翌日も彼はそこにいた。
動いていなかった。いや、動けていなかった。

このままで彼の命が危ない。そう思ったボクは、2階の清掃会社が終業したタイミングを見計らい、おせっかいながらも、3階のボクの家の前に彼を移動し、食事を与えることにした。

もちろん、スイカなどない。ただ、なんとなく甘い蜜が好きなイメージがある。蜜のようなもの。必死に家の中を探し、はちみつを見つけた。いや、メープルシロップだったかもしれない。

とにかく、できるだけナチュラルなものを、できるだけナチュラルな形で提供したかった。

ボクは、廊下に出て、はちみつorメープルシロップをたっぷりと塗った割りばしを彼の近くに置き、ドアを閉じた。


翌朝、期待してドアを開けると、彼は昨日と同じ場所にいた。

「お気に召さなかったか」

少しの失望と諦めの気持ちでボクは、仕事に向かった。


帰宅後、奇跡は起こった。

彼は、割りばしを前足でしっかり抱え、ペロペロ舐めていたのだ。

「な、なめてるじゃん」

ボクは、安堵の気持ちになったのと同時に、彼がシャイボーイなことを悟った。


しかし、そんな平和な日は、長くは続かなかった。

それは、翌日に起きた。

2階の清掃会社によるマンションの清掃があり、彼は元の位置に戻されていたのだ。

振り出しに戻った。

そう思った。

清掃会社も良かれと思って、移動してくれたのだろう。
しかし、それでも逃げ出さないということは、もう動く気力もないのでは。

「このままでは危ない」

ボクはその晩、強硬手段に出た。

前回同様、2階の清掃会社が終業したタイミングを見計らい、今度は廊下ではなく、ボクの家にかくまった。

安心してくれ。2階の清掃会社もついに飛んでいったのかと思うに違いない。

もちろん、虫かごなどない。ただ、なんとなく囲われていた方がいいイメージがある。箱のようなもの。必死に家の中を探し、レアチーズケーキの金ピカの空き缶を見つけた。いや、ベイクドだったかもしれない。

とにかく、できるだけ早くはちみつorメープルシロップをたっぷり塗った割り箸を提供したかった。

安心してくれ。あの味だ。今夜は、思う存分しゃぶり倒してくれ。


数分後か数時間後かは、覚えていない。

彼のいる空き缶がなんだか騒がしい。
空き缶からカツカツ音がする。

急いで彼の部屋をのぞくと、あんなに大人しかった彼が、ソワソワしている。そして若干、羽をチラつかせている。

飛ぶぞ!

ボクは、慌てて、彼の部屋ごとベランダに移動した。

そして、彼は躊躇なく、夏の空に消えていった。


元気になったから飛び立ったのか
金ピカが恥ずかしくて逃げ出したのか
今となってはわからない。

助けたのか
余計なことをしたのか
今となってはわからない。

ただ彼は、飛び立ったのであった。

・・・・・・・・・・

いつか、こんな日が来ることを密かに願っている。

何か困った時に、見知らぬシャイな青年に助けてもらう。

「ありがとう。」

そう言うと、彼はこう答える。

「あの時、助けてもらったお礼です。」


でも、引っ越したから、わからないかな?


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