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ぬい針(「みんな みんな いいこ」より)

今回は「小学生」の話。

あのせんせいも昔は「こども」だった。そう、あんまり変わってないけどね って

そういう 話。


◆ ぬい針 ◆

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たっちゃんは 授業中 じっとしていられない。


窓の外に おや と思うものが見えたら
そばに行って見たくなってしまう。


それは 信号が青なのにまだ立ち止まってる人だったり

畑でしゃがんで何かをじっとみているおじさんだったり

体育館の軒下にちらりと見えた子猫だったり

はらりと降りだした雪だったりする。

そして 何か気になることがあったら絶対 今すぐ確かめてみたくなって 
先生の声が聞こえなくなってしまうんだ。
 


ジャンバーのファスナーが どうやって噛み合って閉まるのとか となりの席の子の万華鏡型のキーホルダーの中はいったいどうなってるのかとか

前の席の二人の女の子の 両方のかみの毛をそおっと取って ふたり一緒にみつあみにしても 気づかれないかとか

そういうことだったりする。


小学校最初の担任の先生は よく校庭まで追っかけてきて
みんなが待ってるから教室に帰ろうと  抱っこしてでも連れて帰った。

もう少し大きくなったときの先生は そんなに勝手なことばかりしていたら
必要なことが覚えられないよ みんなから置いていかれるよ と言った。

他に担任になった先生も 我慢を学ぶことも大切だとか いい加減にしないと親御さんと相談しますとか 結局自分のためにならないよとか いろんなことを言った。

たっちゃんは別に そういうことが解らないわけじゃない。
最近なんかは ものすごくよく解るんだ。

でも時々たっちゃんには 今 気になったことの方がずっとずっと大事に思えて どうしてもじっと授業を受けていることができなくなる時がある。

*
6年の担任の ハルナ先生はちょっと変わってる。

他の学校から先生が来るってわかったとき 情報が早いリュウジが
「前の学校で、生徒をぶっ飛ばしたオンナ」だと言った。
尾ひれがついて とんでもない鬼ばばぁが来ることになっていた。

だから やって来た先生が若くて小柄な 女の先生だったので 
みんなは あれれと思った。

ハルナ先生は 最初のあいさつで 先生は 縫い物が好きなので 
みんなと家庭科の授業をするのが楽しみです と言った。

ハルナ先生は たっちゃんの様子をだいぶ長いこと黙って見てた。

どうしてたっちゃんはそんな風にするんだろうって じっくり考えているようだった。

みんなが「たっちゃんって いっつもそうなんです」って説明しても しなくても あんまり関係ないみたいで たっちゃんの様子を見てたんだよ。


そして ときどきたっちゃんに
「私の授業って そんなに魅力ないのかなぁ」
って ちょっと情けない顔して言った。


そして たっちゃんが教室を出て行ったときは 何があったから出て行ったのか どうしてもそのときでなくっちゃだめだったのか たっちゃんと長いこと話してた。

そう ぶっとばしたりは絶対にしなかった。

なあんだウソ情報だったじゃん みんなが思った。

だから 家庭科のときの事件には みんなびっくりしたんだよ。

*

それまでにも 理科の時間たっちゃんは 試験管に指突っ込んで抜けなくなったり、観察するってかえるを山盛り捕ってきて教室に放したり、色んなことをした。

家庭科では指の皮に波縫いもしたし 何だかひとり全然ちがう料理を作ったりもした。

たっちゃん、外に飛び出す回数は減ったけど ますます色んなことを考えつくようになっていた。

だから 実験で混ぜちゃいけない液体混ぜたり バーナーの火で火事起こしたりだって 時間の問題だぜって みんなハラハラしていたんだ。


で、家庭科。

誰かが言ったんだ。ミシン用のコンセントにぬい針2本差し込んで
バチっと火花起こす方法。

たっちゃんがやってみないワケがない。
たっちゃんが2本の針を刺しこんだとき 何が起きたかって?

たっちゃんがぶっ飛んだ。それは火花が出たからじゃない。

たっちゃんには何が何だかわからなかった。
突き飛ばされて後ろの黒板の下に しりもちついて転がったんだ。

*

ふたりっきりの教室で ハルナ先生はたっちゃんに言った。

「命にかかわることだけは 先生は絶対絶対、許さないからね。」
そして

「先生は家庭科が大好きなのに、手芸が大好きなのに こんなことで たっちゃんにもし何かあったら もう針なんて私きっと触れない。」
そう言うとわんわん泣き出した。

おとなが こんなに 泣くなんて。
たっちゃんは 先生の目からポロポロこぼれる涙からずっと目が離せなかった。


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「たっちゃん先生、ボタンとれてますよ。おつけしましょうか?」

園長先生が気づいて声をかけたら たっちゃん先生はニッと笑って答えたんだ。

「大丈夫です。ボク 針と糸いっつも持ってますから」

園長先生のちょっと意外そうな顔を楽しげに見ながら たっちゃん先生は 続けて言ったんだ。

「一番大事なことを忘れないようにするお守りなんですよ。 糸はおまけです。でも 縫い物も出来た方がいいでしょ?」


そして、フンフン でたらめの 「ボタンつけの歌」 歌いながら
器用に シャツのボタンつけたんだ。


たっちゃん先生が 針を使いながら思い出すのは 
大事な 大事な  むかしのはなし

なんだろうね。

 (了)

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