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足りない時間とマスク下の自己満

 朝は苦手だ。シャキッとスパッと起きられない。
 なぜなら、夜遅くまでバチバチに起きているからである。ドラマや映画やYouTube何やらを観ているからである。そんなことをしていたら当たり前のように朝に起きることができない。誰でもわかる。なんて単純な解だろうか。
 それに加えて毎日暑くてたまらない。人を外に出す気がない。
 しかし私は人間であるため、どうしても日の下に繰り出さねばならない時がある。

 朝、五分おきにかけたアラームで何とか起床。
 外出予定時刻の最低一時間半前には起きていたい。よって、私のアラームは三時間半前からセットされている。二度寝用の二時間、自分を信用していないがための二時間。大事である。
 朝ごはんは適当に。別に適当にしたいわけではない。単に冷蔵庫に大したものがないから適当になってしまう。いつか洒落たモーニングで優雅な時間を過ごすのが夢だ。ただ、今の私は優雅さより睡眠の比重が大きい。私にはそこまでやってのけるバイタリティがある、とは、言えず。悲しいことだ。正直「モーニングに行きたい」と声に出すだけで満足している。

 そこから約三十分、メイクタイムに突入する。対して変わらないが顔面を施工しておきたい。
 化粧水を浴びてメイクポーチを搔きまわす。日焼け止めを塗って、ベースを仕上げて、アイシャドウ塗って…対外ここでメイク完了予定時間十分前に設定したアラームが鳴る。
 あれ、とんでもなく時間が足りない。
 パソコンに目を向けると流しっぱのプレイリストがメイク開始から約四曲ほど進んでいた。バラードなんか聴いてちょっと気持ちよくなっている場合ではなかった。失敗失敗。
 私は目先の快楽を優先してしまう人間だ。だから先程の失敗を何一つ活かさず、時間がないのにアップテンポが聴きたくなって、好きなJ-POPを流す。程よく自分のテンションを高め作業効率の向上を図る。一見自分を追い詰めているようだが、この行動は正解なのだ。私はそう信じている。
 必要最低限手を施した後、髪を括って前髪をヘアアイロンでくるんとさせる。どうせ蒸し暑さであちこちに散らばっていくのだが、ルーティーンをこなすことが大事だ。やらねばなるまい。
 
 目についた服を着てスマートフォンを鞄にぶち込む。
 よし、行かねば。

 が、最近、数分足止めを食らってしまうのだ。

 リップ。
 口紅、ルージュなるものが私の足を引き留める。

 マスク生活を数年送っていて、一番必要性を感じなかった品だ。
 マスクを外すことがなかったので、今までリップはメイク時間に含まれることはほぼないと等しかった。その数分が惜しかった。
 現在段々と規制が緩和されてきたが、今でも外出する際はマスクを着用している。常にマスク着用の私が唇の血色を良くしようがどうせ隠れてしまうのに、つい、手に取ってしまうのだ。

 私がリップを塗っていることなど誰も気が付くことはない。気付いてほしいわけでもないが、外出寸前、鏡の前に座り新しく手に入れたリップを数ミリほど繰り出す(本当に数分の猶予もない場合は省略)。
 クリームのようにするりと塗ることができるこのリップスティックは、粘膜色で派手すぎも薄すぎもしないところが気に入っている。
 時間がない中唇を縁取って、一度鏡の前で口角を上げた。
 ああ、時間がない。
 マスクをつけて靴に足を突っ込む。
 このまま、走って、階段を駆けて、バスを待って……。

 自己満足。ただそれだけ。『それだけ』に費やす数分が、朝の砂色の私に得も言われぬ高揚感を与えているのだ。

 そして、明日も早く起きねばならない癖に、やることをやらず、今こんな文章を書いている。計画的な人間を小さな歩幅で目指していきたい。

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