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まるで魅了の魔法をかけられたよう。『おどる12人のおひめさま(エロール・ル・カイン)』感想

去年の夏頃のことでした。
同人活動で仲良くなった絵描きさんと、久々にご飯を食べに行き、色々な話をする中で……彼女に勧められた絵本作家、それが「エロール・ル・カイン」です。

その時私は、「アズールとアスマール」という、フランスのアニメ映画について話していました。
今は亡きジブリの高畑監督が、日本語吹替版の監修を行った映画です。

「『アズールとアスマール』っていう映画は、『キリクと魔女』と同じ監督さんなんだけど、絵がとにかく美しいんだよね……独特のタッチで、写実と3Dとアニメーションを融合させてて、平面的なのに奥行きがあって、繊細なのに色彩が鮮やかで」
「へえ……? なら、この人の絵も好きなんじゃないかな」

そうして教えてくれた絵本作家の名前を、私は忘れないようスマホのメモ帳に記しておきました。

それから数か月後。
風邪をひいた子と訪れた小児科医院の本棚で、私は『おどる12人のおひめさま』と出会うことになります。
手に取ってみて驚いたのは、絵画のような表紙の美しさでした。

あでやかなドレスと帽子を身にまとい、仮面と扇子を持って横を向き、うすく微笑んでいる12人のお姫様たち。
誰一人としておなじデザインの服、おなじ表情はありません。きらびやかなのに全体の色調はしっとりと落ち着いていて、後ろにたたずむ植物と、壁紙に描かれたシックな模様の味わいがまたいっそう、この絵の深みを際立たせています。
まるですてきな贈り物みたいだ、と思いました。

そうして読んでみて、展開していく話の不可思議さ――グリム童話にはよくあることですが――と、それを超えるインパクトでもって添えられた絵に、私はすっかり魅了され、自分でも購入しました。

もともとの絵本は日本で1980年に発行されましたが、こちらは2015年に新版として発行され、絵をすべてデジタル化して原書の色味を再現したもの、ということです。(以下URLは出版元サイトです)

簡潔なあらすじは、以下の通りです。
とある国に、美しい12人のお姫様がいました。お姫様たちは王様から、夜は全員が、鍵をかけられたひとつの部屋で寝るよう言いつけられていました。
しかし……朝になってみると、お姫様たちの靴は、まるで一晩中踊りつづけたようにぼろぼろになっていたのです。お姫様たちに問いただしても、「ずっと眠っていた」と言うばかりで、何も分かりません。
困り果てた王様はおふれを出し、この謎をといた者には姫をひとり嫁にとらせ、自分の死後は国もゆずる、としました。ただ、これは三日間のうちに行わなければなりません。たくさんの王子がわれ先にと名のり出ましたが、誰も三日のあいだに謎を解決できず、国を追い出されてしまいました。
そこへ、ひとりの貧しい兵士が立ち寄ります。彼は途中で出会ったおばあさんから、身体が透明になる服をもらった上に「寝る前にお酒を飲まないこと」と言われて、今までの王子と同じように、お姫様たちの部屋と続いている寝室で眠りにつきました。
さて、お酒を飲まなかったお陰で、兵士はお姫様たちがこっそりと舞踏会へ行くところをつきとめます。そうして不思議な森をぬけて後をついていくと、お姫様たちは、秘密の城で開かれる舞踏会で、12人の王子様たちと夜じゅう踊りあかしていたことが分かりました。
さて約束の三日目となり、兵士は、持ち帰ってきた証拠を挙げて王様へ報告します。
お姫様たちはそれを認め、めでたく兵士は総領の姫と結婚し、物語は終わります。……

文章量も多いお話なので、あまり簡潔に出来ませんでした。反省。
(ちなみに実際のグリム童話の方では、謎を解けなかった王子は殺されてしまったりするので、もうすこし残酷です)
たくさんのお姫様が出てくるので、小さな子どもが眺めるのも喜びそうですが……大人が読むとより味わい深い、そんな物語だと思います。
そうしてページをめくるたびに、目をみはり息をのむのが、至るところまで微細に描かれた絵の美しさです。

この絵本の形式は、見開くと一方に絵、他方に文章となっていますが、文章の周りにも、そのページの絵へ雰囲気を合わせた額縁が描かれています。それも表紙にあるお姫様の服のように、ひとつとしておなじデザインはありません。

また、この絵本は、全体的に「彩度が低い」ことが特徴として挙げられると思います。エロール・ル・カインの作風のひとつであるとは思いますが、彼の作品にはもっと鮮やかなタッチの絵本もあるので、それだけではないと思っています。
ここでは、ほぼすべての色のあざやかさが、あえて抑えられているのです。
それは、ひそかに夜ごと踊るお姫様たちの罪でしょうか。年頃のお姫様たちをひとつの寝室へと閉じ込める、王様の罪でしょうか。もしくは、姿を隠してお姫様たちのあとをつける、兵士の罪でしょうか。

ですが、そんな色褪せた世界の中で、きらりとかがやく色彩があります。
それは、兵士がわざと落とした銀の森の枝葉であったり、舞踏会で踊りあかすお姫様たちの肌だったり、王様に真相を糾弾されてなお凛と立つ総領のお姫様の横顔であったりします。
抑制された色の中で放たれるひかりには、見るたびに目を奪われます。

そして絵本の最後を飾るのは、お姫様たちが来なくなった秘密の舞踏会のお城と、その前で立ち尽くす王子様たちです。誰もいない大広間のあかりが、物悲しさをさらに際立たせます。

とてもとても細かいところまで描きつくされた緻密さに加えて、この色彩の繊細な扱い方が、本当に素晴らしいと私は思うのです。
さすがは「イメージの魔術師」と呼ばれるエロール・ル・カイン。まるで魅了の魔法をかけられたように、目を細めていつまでも眺めていたくなる、そんな絵本です。

えへへ。
好きなものを語るのって、難しいですね。
この絵本を買ったのは何か月か前ですが、読んだとたんに好きになってしまったので、言語化することに難儀しながら書いてみました。

まずは、この作者を勧めてくれた友人へ。
そしてエロール・ル・カイン氏へ、また日本で出版されてから35年も愛され続けているこの本に携わった方すべてに、心から深い謝意を述べさせて頂きます。

Photo by Sarah Jickling on Unsplash

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