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『生き延びる叫びよ』(上) ④

「ぼくの1日ってTVみたい、TVは始まったら1日やってるじゃない」

(『ぼくの哲学』 アンディ・ウォーホル 著)

【白昼の吐息】



 「ねえ、名前の書いてないものって落とし物って言わないわよね?」と、白昼の静寂に音符をつけたような声音で、みえ子は、寝起きの僕に言う。僕はテレビをつけたまま寝ていたのだろう。
 「実は6人での実行だったのか?」と、問い詰めるようによし子に迫った。寝起きだというのに、迷いもなく、突きつけるかのように。

 --そう、「まさか」との予感は当たっていた。そう思えるほどの確信を突如抱いた。

 --そう、まさか、みえ子が「アノ」現金強盗事件に直接加担していた、もしくは、間接的に関与していた可能性があると踏むには、十分と思えるほど、妙に説得力のある口調だった。

 僕が眠る前の記憶に遡る。

【アノ予感】


 明け方--。その時には、おそらく高揚のあとの疲労感からなのか、みえ子は快眠。

 その間の「アノ」テレビ報道の続き--

 「新宿区での現金強奪事件。実行犯は5名とされており、うち1名(20代)が逮捕との速報が入りました」。続けて「逮捕された1名は認否を明らかにしていないとのことです。強奪した金額は1500万円以上とされ、実業家の被害男性とは金銭トラブルがあったとされています」

 --アナウンサーの声から伝わる切迫感が、僕の胸を容赦なく締め付ける。みえ子と初めて身体と身体を重ねた、過去の淡い記憶を、鋭利な言葉がナイフのように、切り刻む。締め付けられながらえぐられる自分に、「耐えろ、耐えろ」と言い聞かす。

 みえ子に対する絶望的な確信を抱いた。その絶望を象徴するのが、百数万円という記号だったのかもしれないと、僕は考え始めた。着地点などないというのに。そのつかみようのない、深みに沈む僕の考えは、感情に食い込んでくる。

 頭で錯綜する考えが感情に侵食--正体不明な黒い渦のようにうごめく感情は。その不明な感情に、僕は呑まれ、あがいているように思えた。

 そこで、だった。僕の記憶は途絶えたのは。導かれるように眠りに就いたのだろう。

***

 「ねえ、私が加わったってこと?ねえ、6人なわけないじゃない。実行していたら今ごろ、健一郎と過ごせるわけないじゃない」と、嘲笑しながらみえ子は僕の問いに応える。「ねえせっかくの大金なのよ?そんなに深刻にならないで、パーっといきましょうよ」と、みえ子。

 沈みゆく鉛のような僕の心を、海上に引き上げようとする。そう思えるほどの無頓着な神経が見え透ける。頭のなかで、チェット・ベイカーの"My Funny Valentine"が流れる。季節外れなヴァレンタインが。

"But don't change your hair for me
Not if you care for me
Stay, little valentine, stay
Each day is Valentine's Day"

 みえ子には、初めて身を交えた時の姿のままであってほしい--。僕の傲慢さの芽が咲いた。

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