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サイコパスバー「社会の扉」<ジン・トニック>

■子供が自我に目覚め大人になると「親」は大変だ。何故なら子供はまず「親の粗探し」を始めるのだから。 筆者談


ジョウは店の客単価を上げる為に1ヶ月前に「フード」を2つほど追加採用した。

■追加した物
・ペンネアラビアータ(辛口)
・フォカッチャ(野菜/ハム/チーズ)

まず「ペンネアラビアータ」は、手軽さや調理のしやすさに着目し「辛口」にして「ドリンク」の追加オーダーに繋げるのが狙いである。

次に「フォカッチャ」だが、これは逆に多少調理に手間は掛かるが、断面にすると綺麗に観え見栄えが良いので「インスタ女子狙い」として採用した。


この追加したフードのおかげで「客単価」は少し伸びた。

だが想定していたような伸び率ではなかった。

特に材料費の高い「フォカッチャ」があまり売れない。

「インスタ女子」が来店しない。


ペンネと比べてフォカッチャの食材は比較的「日持ち」のしない野菜やパンなので、売れないとそのまま材料費が赤字となる。

その為ジョウの夕飯は、もうかれこれ毎日「フォカッチャ」である。


ジョウ
「飲食店の経営は難しい・・・。」

ジョウはそう呟きながら、カウンターの隅っこで隠れて夕飯の「フォカッチャ」を食べていた。


今日は平日の月曜日。

外は雨が降っていた。

今日は客足は少ないな・・・。

そうと思っていたその時「男女1組のカップル」が雨の中、来店してきた。


ジョウ
「いらっしゃいませ。」「こちらのカウンターへどうぞ。」

ジョウがカウンターに手をやる。

「男女カップル」は言われるままにジョウの前のカウンター席に腰掛けた。

ジョウはこの「カップル」をチラリと見た。

女性の方は日本人。

男性の方は「アフリカン」(黒人)だった。


女性
「すみません、ビールを2つください。」

女性は指を2本見せてジョウに注文した。

ジョウ
「かしこまりました。」


ジョウは先週この店でどの位「ビール」が売れているのかの統計を出した。

その結果、約7割のお客が必ず「ビール」を注文しているのが分かった。

「カクテルを頼んでほしい・・・。」

ジョウは今日も、心の中でそう呟くのであった。


ジョウ
「お待たせしました、ビールです。」

ジョウはカウンター席の「コースター」にビールを置いた。

「男女カップル」はビールを手に取り、「乾杯」をしてビールをゴクゴクと飲んだ。

しかし、その表情は何処か曇っていた。

そしてその彼女であろう日本人女性がアフリカン(黒人)の彼に対して謝罪の言葉を口にしていた。


日本人女性
「トミーごめんなさい、私の親があなたに酷い事を言って。」

トミー
「まぁ、少し覚悟はしていたけど正直傷ついたよ、キョウコ。」

男女はこのBarに来る前の出来事を2人で話し始めていた。


どうやらこの日本人女性の名は「キョウコ」。

そしてこのお相手の男性が「トミー」という名前で「トミー」はアフリカン/アメリカンのようだ。(アフリカ系アメリカ人)

そしてこの男女の話を「盗み聞き」すると、このような事があったようだ。


■男女の話
・レストランで親に彼を紹介した。
・結婚すると伝えた。
・キョウコの親は激怒した。
・特に父親はトミーに向けて差別的だった。
・早く別れろと言われた。
・トミーは差別を受けてショックを受けた。
・親の理解が得られずキョウコは傷心した。


どうやら「国際的」な問題を抱えているお客と今、直面している。

ジョウはそう思うと同時に、自身の幼少期から深く根付いている「正義感」が動き始めていることに気がついた。


ジョウ
「よろしければ、私も会話に参加させて頂けないでしょうか?」

ジョウはこれがBarのマスターの務めだと思った。


キョウコ
「はい、よかったら何か意見を聞かせて貰えませんか?」


ジョウはこの時、0.5秒間考えた。

それは相手は「アフリカン/アメリカン」(黒人)という立場の男性であり、こちらの「言葉」1つでシャレにならない事態にも繋がるということだ。

ここは溢れる「正義感」を少し抑えて冷静になろうと思った。

だがジョウは自制できなかった。

ジョウ
「まず初めに私はレイシスト(差別主義者)が嫌いです。」「要するにキョウコさんのお父さんは黒人と結婚させたくないのですね。」「同じ顔/肌/文化の普通の日本人と結婚して貰いたいんだと思います。」「何故なら世間からの障害がないからです。」「おそらく結婚して子供を授かれば肌の黒い子供が生まれるでしょうね。」「そうなれば学校でイジメられる可能性だってある。」「英語が喋れなかったら更にバカにされる。」「今はもう2020年であり、いつまでそんな時代錯誤な事を言っているのかと笑ってしまう内容ですが、いつまで経っても50年代~90年代の思考の人もいるのは確かです。」「レイシストな親じゃ悲しいですよね。」「じゃぁ、どうしますか?」

ジョウは2人に問いかける。

ジョウ
「いったいお二人は誰の人生を歩んでいるのですか?」「親の人生ですか?」「違うでしょ、自分自身の人生を歩んでいるのです。」「だとしたら答えは簡単です。」「諦めないことです。」「いつも心の中の自分の声を聴いてみて下さい。」「それが真実です。」「そこに愛があればきっと神が手を差し伸べてくれます。」


ジョウは驚いた。

自身の口から初めて「愛」という言葉が発せられたのだから。

「愛」など知らぬはずなのに。

これはきっと「性格」に難がありながらも、今日まで懸命に「Barの接客」をしてきた効果が出たのだと、この時のジョウはそう理解した。


「トミーとキョウコ」はジョウの言葉に深く「共感」していた。

キョウコ
「ありがとう、マスター。」「でも具体的にどうすればいいの?」

ジョウは即答した。

ジョウ
「私の考えですが、もう1度今度はトミーの両親も紹介する為に何処かで親睦会を行ってみてはどうですか?」「その場所はもう離席しても逃げられないような所がいいな。」「例えば船なんてどうでしょう?」「とにかくアフリカンの人達と触れあって少しでも偏見というものを無くすのが近道だと思います。」

キョウコ
「ありがとう、マスター!」

キョウコは少し目を潤ませていた。

トミー
「店長、あなたは日本人にしては珍しく意見をストレートに言いますね。」

トミーは日本語が流暢だった。


ジョウ
「よく言われます、こいつは独りで死んでいく人間だって。」

これを聞いた「トミー」は大笑いした。

アメリカ人には「自虐的」な言葉がウケるのだろうか?

ジョウは少し困惑した。


トミー
「店長、ではジン・トニックを2つくださいwww。」

トミーが笑いながらも「カクテル」を注文した。


ジョウは「待ってました」という気持ちを抑え「クール」に返答した。

ジョウ
「かしこまりました。」



このブリティッシュで透明な「液体」を「トニックウォーター」で割り、最後は「ライム」を添えて。

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ジョウ
「おまちどうさまでした、ジン・トニックです。」

ジョウは「トミーとキョウコ」のカウンターに「ジン・トニック」を置いた。

「トミーとキョウコ」はジョウを含め、この3人の「幸運」を願い「乾杯」をした。


トミー
「キョウコ、ところでこのカクテルの言葉を知ってるかい?」

キョウコ
「知らないわ、教えてくれるかしら。」

キョウコは目を輝きさせた。

トミー
「強い意志だよ、ベイビー!」

キョウコ
「わぉ!正に今を物語っているようだわ!」


ジョウはこの2人のやり取りを「目を細め」遠目で眺めていた。

そしてこう思った。



「カクテル言葉」は、俺が言いたかったな、と。


<ジン・トリック>終

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