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大阪の古本屋で。

ずいぶんと昔のはなしで恐縮ですが、私(店員)がまだ学生の頃。

高校卒業後、地元兵庫県姫路市を離れて大阪の大学で学ぶことになった。

はじめて親元を離れて暮らすという人生の一大イベントに、右も左もわかっていないであろう若者はむやみに心を躍らせていたに違いない。
それから十何年か経た現在も、いまだ世間知らずな中年ではあります。

大学入学の数日前、予定よりは若干早かったのだがいざ我が孤城へ参らんと、少なからずの荷物を携え下宿先へとやってきた。

頼りないひとり息子を心配する親、こういうときは親のほうがなんだか情けない場合も多いとは思うがとにかく両親を無理やり兵庫行きの電車へと押し込み、ドラクエ最初の村に降り立ったかのような希望に溢れた勇ましい心持ちで、狭い四畳半、ひとりコーラで乾杯をした。

数日は周辺の街を散策する。
はじめての単身生活に財政は無駄に緊縮している。でもそれがなんだかひとり暮らしぽくて心地よい。

徒歩で行ける範囲の散策を終えた途端に…
退屈になった。

初期段階からたいして何もすることがないRPGを想像してもらえるだろうか。お金はないし、スライムすらでてこない…から武器もいらない。

でも、気づけば大学の入学式までまだ7日もあった。

翌火曜日までとか、一週間は長い。
周囲に知り合いもいないし、SNSなんてまだ存在しない頃の話。
とてつもなく狭いマップで途方に暮れた見習い勇者がみつけたのは、一軒の古本屋だった。

記憶を辿ってみる。
入り口から縦に長い棚が何列か並んでいる。
ジャンルは文学、古典、哲学、教養などわかれているようだが細かくはよくわからない。漫画や雑誌も充実していた。
いまでいうブックオフ未満、独立系本屋以上の品揃え。

とても居心地がよかった。

少なくとも高校生と大学生の狭間に閉じ込められた世間知らずの18歳が、持て余した時の流れを牛の胃袋のごとくゆっくりと消化するのには、最適な場所だったと思う。

特に目当ての本もなかったから、気になった本を棚から拾い上げては読んだ。

3日も連続で通えば顔を覚えてもらい、5日目には店主に声を掛けられた。レジは店舗の入り口近くにあり、そこに毎度店主はいた。
普通のおじさん。
ちなみに一冊も本は買っていない。

結果的にはこの声かけが、一気に私を古本屋から遠ざける要因となってしまった。
でも、何かの小説を半分くらい読んだような気がする。

大学生?○△大の?
いや、まだ来たばっかりで。
ふーん、そうなの。ずっと立って読むのしんどいでしょ?
すみません、失礼します。

おそらくそんなような会話になっていない会話を交わして、逃げるように古本屋を飛び出た私は駆け足で孤城へと戻って、すぐにガチャリと鍵をかけた。息は荒かった。

翌日から半年以上、近寄ることはなかった。レベチのモンスターがいる洞窟扱いをした。

一冊も買っていない自分を恥じていた。
まだ始まってもいない生活で、お金の正しい使い方がわからなかった。いまは浪費癖が酷くていまだに上手くいってない。
声をかけられて注意されたのだと思った。

でも。

納屋文庫で古本屋めいたことをしている現在、この出来事を思い返すと、ちと当時と見解が違ってくる。

憶測ではあるが店主さんは、若者が立ち読みだけで本を一冊も買わないことに嫌味をいったのではなく、単に興味深かったのではないか。

突然、青っちょろい勇者見習いが3日4日と毎日店に通ってきたら、いま本屋で店番をする私もきっと声をかけてしまう。

ありがとうございます。当店で冒険の書を探してくれていますか?

毎日ふらっとお店を訪ねてくれる若者なんて、勇者どころかきっと天使にみえている。

古本屋のレジに立って、それだけはわかったのです。

納屋文庫 店内

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