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宇宙人の部屋

表紙の水色が印象的な、文庫サイズの本『宇宙人の部屋』に驚いた。

ありきたりな表現ではあるが、まさに「頁を捲る手が止まらない」
そんな本だった。

あらすじ

『宇宙人の部屋』はアルコール依存症の男たちと過ごした壮絶な17年間の記録だ。依存者たちと共に歩む著者の共依存症と回復の記録。

《なぜか付き合う男が、全員アル中だった…》で始まる、過去に著者が出した同人誌・宇宙人の食卓の"その後"の話。
偏食のKと奔放過ぎるA、そして「自分が彼らを助けなきゃ」と必死になっていた共依存症者の私が、全員で嗜癖の渦中から抜け出そうと生きた記録となっている。

読み終えたあと、この本の作者であり語り手でもある女性に、猛烈に興味がわいた。
入荷していながら実はあまり知らなかった著者の“小指”さんについて、調べてみることにした。

宇宙人の部屋

アーティスト 小指さんのこと

宇宙人の部屋の著者・小指(小林沙織さん)さんは小指名義で絵や漫画、随筆などを描くアーティストだという。
さっそくネットで詳細を調べてみると、XにもInstagramにもアカウントがあった。

すごいよ、小指さん。
独創的なタッチで描かれた植物。
個人的にとても好きなテイストの絵。

もうひとつ、Xのポストのリンクを貼らせていただく。

Our life とある。
このポストをみたら、なんだかきゅうっと胸が締め付けられるような気分になった。
『宇宙人の部屋』読後の高揚感と喪失感が、ふつふつと再び湧き上がってきたのだ。
何故かそう思うかは、是非とも本書を読んでみてほしい。

ポストを過去に遡っていけばいくほど小指さんとその暮らしへの興味が深まっていく、そんなアカウントだった。

入荷したとき

当店の店内

当店のような小さな本屋で新刊を取り扱うには、できるだけ選書にこだわるしかない。

とはいえ、大手取次と契約が可能なわけもなく入荷できる本には限りがある。お客様に少しでも「見知らぬ本との出会い」をお楽しみいただくには、なおのこと棚に独自性が必要になってくる。

未だ微弱な電波しか飛ばせない選書アンテナをネット上で張り巡らせていると、昔から影響を受けている『TOKYO STYLE』『珍日本紀行』などの著者・都築響一さんが発行しているという文庫本をキャッチした。

そのなかの1冊が『宇宙人の部屋』だった。

表紙のデザインも良い

ROADSIDERS

『ROADSIDE LIBRARY』は週刊メールマガジン『ROADSIDERS' weekly』から生まれた新しいプロジェクトです。2012年から続いているメールマガジンの記事や、その編集を手がける都築響一の過去の著作など、「本になるべきなのに、だれもしようとしなかったもの」や、品切れのまま古書で不当に高い値段がついているものを中心に、電子書籍化を進めていきます。
中略
これまでずっと本を作ることを仕事としてきたのですから、「印刷本の存在感」に愛着がないわけはありません。精緻な印刷で豪華大判作品集にできたらという思いが消えることはありませんが、経済的な問題はもちろん、そのような「願望」よりも、「いま出さねば!」という切羽詰まった思いのほうがはるかに強くなったことが、電子書籍の自費出版に踏み切ることになった最大の動機です。それだけ、いまの出版業界で「好きな本を好きなようにつくる」ことが困難になった、ということでもあります。

ROADSIDERS' weekly

ROADSIDERSは都築響一さんが手がける会員制のメルマガ。
長らく雑誌を主戦場としてきた都築さんが、いつのころからか雑誌に見切りをつけ、膨大なボリュームのコンテンツをネット上に放出しつづけている、唯一無二のプラットホームとなっている。

そんなROADSIDERSが文庫本を出版すると知った。
シリーズの名もPOCKET ROADSIDERS。なんとも興味をそそられるシリーズ名。
発行人ももちろん都築響一さんだ。

これは入荷したい、と直感的に思った。

高解像度の画像をたっぷり楽しんでもらいたくて電子版にしたROADSIDE LIBRARYとはちがい、とにかく文章や絵に浸っていただきたくてモノクロの文庫本というフォーマットを選びました。文字どおりポケットに入れて持ち運んでいただければうれしいです。

ROADSIDERS


裏表紙には発行者である都築さんの言葉も。

わたしが恋したひと、一緒に起きて寝て人生を共にしてきたふたりは宇宙人だった。空の上にある無限の暗闇ではなくて、酒瓶の底にある淀んだ宇宙の住人だった。素面だと道端の老犬のように静かに優しいのに、一滴のアルコールで彼らは制御不能な獣に変身した。そして20代のほとんどを獣の世話に明け暮れたわたしも、酒に依存する人間に依存しながら、状況を好転させるどころか彼らの人生をよけい悪化させているだけなことに、ある日気づいてしまった。

 アーティスト“小指”がいま初めて綴る、傷だらけの日々の記録。生きることに不器用な、3つの魂がひとかたまりになって坂を転げ落ちていく先に底はあるだろうか。明るい陽の差す出口は見えるだろうか。

都築響一

傷だらけの日々の記録

本の裏表紙に書かれた、都築響一さんのことば。
ここを読んだ時点で、単にアルコール中毒者を断罪したり、苦しむ姿を俯瞰して眺めるために描かれた作品ではないということにお気づきだと思う。

描かれているのは人間の強さと弱さ、優しさと悲しさが幾重にも折り重なり続いていく日々の暮らしの記録であり、同じ時代に生きるどこかの誰かの、小さく静かな叫びだ。

私もアルコール依存症までとはいわないが、日々の晩酌は欠かせないタイプではある。飲酒による失敗も数え出したらキリがないし、思い出すだけで自己嫌悪に陥る経験もいくつもある。

致命的にアルコールに溺れてしまうことを、たまたま回避し続けられている私は、作中に登場するAさん、Kさん、そして小指さんとそんなに遠く離れた場所にいるだろうか。

ましてや依存症の当事者だけではない。
本書で描かれているのは、依存症者の周囲にいる共依存と呼ばれる特殊な状況も深く掘り下げられている。
共依存は、人を世話・介護することへの愛情そのものに固執してしまい、相手から依存されることに無意識のうちに自己の存在価値を見出し、そして相手をコントロールし自分の望む行動を取らせることで、自身の心の平穏を保とうとすること。愛情という名の支配ともいえる。

『宇宙人の部屋』は、ふとしたきっかけで抜け出しにくい“依存”という名の落とし穴に嵌ってしまった人たちが懸命にもがき、生きていく様子を赤裸々に描ききった、傑作であった。

彼らにとってあるがまま、何も否定をせずに生きられる優しい世界であってほしいと願っている。

宇宙人の部屋

『宇宙人の部屋』目次

1. 全国のアル中に苦しまされてる皆様へ
2. Kのこと
3. Aのこと
4. 私のこと
5. Kの平屋物語
6. 回想
7. どうにもできないこと
8. 自助グループへ行ってみた
9. イネイブリング
10. A、自助グループへ
11. 脱落
12. 家族会
13. 記憶の中の部屋
14. 白髪の天使
15. 宇宙人の仕事
16. 路上生活者の深田さん
17. 大怪我
18. 後日談
19. 精神衛生福祉士
20. 目指せ!楽園ネズミ化計画
21. 断酒病院
22. スリップ
23. 断酒ポイントカード
24. 手紙
25. 共依存と赦し
26. あとがき


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