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『自称詞〈僕〉の歴史』を読む

公開されているオープンデータの中から、著者の主張に合致するものだけを意図的に引用してまとめるだけ……そんなコタツ記事めいた「新書」が少なくないなか、河出新書から発刊された『自称詞〈僕〉の歴史』はいいぞいいぞ。

清原和博。いまや、覚せい剤依存から抜け出し、高校球児の息子を柔和な表情で応援する「やさしいお父さん」といった姿をメディアに見せる同氏だが、現役時代の彼は違った。

「番長」という二つ名で呼ばれ、黒々と焼かれた肌に頭髪はスキンヘッド、眉は整えるではなく細く剃り込み、耳元にはギラついたピアスを光らせる。オラオラな見た目で周囲を威嚇していた清原が週刊誌で持っていた連載タイトルは『おぅワイや! 清原和博番長日記』であった。

「ワイ」である。

しかし、現在の清原がメディアで用いている/用いられている自称詞は「僕」なのだ。

春の選抜大会は背番号「5」でしたが、今夏は「15」。誰よりも本人が悔しいでしょうが、それでも懸命にチームに貢献しようという姿が見られます。僕の甲子園13本塁打より価値があると思っていますし、親として尊敬の念を抱いています。先の人生で必ず生きてくると思います。

清原和博による観戦コメント

時代の趨勢やメディアの性格の違いもあるが、艱難辛苦を乗り越えた今の清原には、たしかに〈僕〉の方が似合うのは肌感覚としてよくわかる。

かように、自称詞がその人らしさを映し出したり、第三者に与える印象に影響を及ぼすことは珍しくない。そうした意図をもってか、EXILEグループは徹底的に〈僕〉を用いており、自分たちのイメージ(セルフイメージ)をコントロールしているのではないか……といった指摘も書籍ではなされる。

こうした身近な事例を取り上げつつ『自称詞〈僕〉の歴史』は、〈僕〉がどのように使われてきたのか、古事記から古典文学、村上春樹の最新作、秋元康、そして「僕っ娘」、少女漫画の世界まで、その歴史を起源から現在へとダイナミックに辿っていく。

過程で示されるのは、古代に中国から日本に入ってきた〈僕〉が、紆余曲折を経て、幕末の政治運動では積極的に用いられながら“身分や立場の大きな差を乗り越えた連帯”に一役買ったことや、明治時代には学校教育と結びつき、学童の言葉として階級を超えて広がりながら、エリート男性が社会的なステータスを示す自称詞となったこと。そして、大学進学率の増加とともに大衆化し、いまや「柔らかさ・丁寧さ」「優しさ」「りりしさ」「純粋さ」を示す自称して、公の場で使われる機会も増えているという事実だ。〈僕〉という自称詞の用いられ方をレンズにしながら、日本社会の時々の現在地を視る。この手つきがなんとも丁寧に繰り返される。よい。

なかでも最終章はよかった(あとがきによると編集者からの提案とのこと)。過度にフェミニズム的なポジションをとることなく、あくまでフラットに、現在公的な場で女性の〈僕〉語りが忌避されるなか、女性がこれまで〈僕〉をどのように用いてきたのかが語られる箇所だ。自由と対等を志向するはずの〈僕〉を、なぜ女性は使わなかったのか/使っていなかったのか。女性と僕の関係の未来について希望も示しながら書籍は終わりを迎える。


俺は、雑誌『POPEYE』が、“僕たち”“僕ら”を多用する意味を批判的に考えながら本を閉じた。連帯の裏面で立ち現れる選民思想。書籍の中で語られることを起点に、さらに思考が発展する。これはいい新書のひとつの証だと俺は考えている。というわけで『自称詞〈僕〉の歴史』はいいぞいいぞ。

※ヘッダー画像はみなもと太郎『風雲児たち』より。書籍の帯にもイラストがあしらわれており、なんともかわいい

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