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八百比丘尼の窟を訪ねる-常春に倦みし君の-

今は昔、ある若者が、
隣村で賭け事をして酒を飲んだ帰りに喉が渇き、
林の陰にある名水の泉を飲むべく回り道をした。

十六夜いざよいの月影が梢より漏れ、
夜来の風が松籟を鳴らす他には何の音もない。

泉にたどり着いた男は、玉のような肌をした女の裸が、月明かりに浮かぶのを見た。
それは、世間にあればさぞ浮名を流したであろう、美しい尼僧が水浴びする姿だった。

口元に、何か閃くものがある。
尼僧はそれを手に取ると、おもむろに腹にあて、白い肌にぐいと沈める。
あっと小さな声が漏れ、血がとくとくと流れた。
尼僧は自分のはらわたを手でもって取り出し、泉の水ですすいでいた。

村に帰った若者が長老に話を聞くと、
その尼はきっと八百比丘尼やおびくにだと云った。

人魚の肉を食べて不老長寿を得た娘が尼となり、
諸国を歩いては椿や松の木を植え、
神仏の教えを伝え昔語りをして人を慰めた。

時おりそうして真水で洗わなければ、
内臓が腐れてしまうのだという。

各地に残る八百比丘尼の伝説だが、
福井県小浜市にその入定窟がある。
八百歳となった比丘尼は、
ひとりこの洞窟に入って、
それから二度と出てこなかった。

洞窟の入口には、
彼女が愛したとされる椿と山茶花の花が植えてあり、
長寿や病の平癒を願う人々が、
今も祈りを捧げにくる。


常春に倦みて落飾せし君の
面影なほや山の辺の花

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