ふぞろいな美しさ

世の中にはさまざまな美しいものがある。海に沈んでゆく夕陽や、夜明け前に茜色に染まる空。春になると咲く満開の桜、雨上がりにうっすらと空を架ける虹。
景色だけではない。たいせつな人との思い出や、子どもの頃の純粋無垢な記憶。心の中にも美しいものがたくさん込められているだろう。

あなたが美しいと感じるものは何だろうか?


ぼくが美しいと感じるもの、それは "不等式" だ。

もういちど言おう。"不等式" だ。


あなたは不等式を知っているだろうか? "<, >" こういう記号が出てくる数式のことを不等式という。一回は中学か高校で聞いたことがあるはず。


この記事では、ぼくが美しいと感じる不等式、その中でも "イェンセンの不等式" という不等式を紹介していく。

できるかぎり分かりやすく、かんたんに説明していくので安心してほしい。それでもいくらか数式が出てくるので、数式アレルギーの人にとっては虫唾が走るかもしれない。とはいえ、そういう人はそもそもこの記事を見ていないか。


ーーー 目次 ---
1. 準備① 凹凸について数学的に考える
2. 準備② グラフの凹凸とはなんだろうか
3. 準備③ 凹凸を式で表す
4. ようやくイェンセンの不等式の登場
5. イェンセンの不等式から生み出されるストーリー
6. おわりに


1. 準備① 凹凸について数学的に考える

突然だが、凹凸とはなんだろうか?

デコボコしていること、と言ってしまえばそれまでだが、デコボコしているとはどういうことなのか?
ふくらんでる、へこんでる、飛び出ている、穴が開いている、表現の仕方はさまざまあるだろう。

数学の世界ではことばを厳密に定義する。定義があいまいのまま論理を進めていくと思わぬところで矛盾が生じてしまうからだ。

それにならってここでも凹凸を数学的に定義してみよう。次のようになる。



数学の世界ではまず、"凸" をこのように定義する。そして、"凸" でないものを "凹" と定義する。数学の世界ではこのように、片方を定義して、それ以外をもう片方と定めることをよく行う。

たとえば、親戚一同の集まりは血のつながりという点からすると、"凸な集まり" と考えることができる。なぜなら、集まった人の中で適当に2人を選んだとしても、必ずその2人の血のつながりは集まった一同の血のつながりの中に含まれているからだ。(強引ではあるが)


2. 準備② グラフの凹凸とはなんだろうか

次に、図形の凹凸からグラフの凹凸を考えていく。

グラフとはかんたんに言うと、点を繋いで線にしたものだ。直線のグラフとか放物線のグラフを勉強したのを思い出してみてほしい。

先ほどは図形について凹凸を定義したが、今回はグラフ、つまり "線" について凹凸を定義していく。線といっても難しく考える必要はない。線自体も図形の一部なので、図形での凹凸の定義をそのまま利用すれば良い。



色を塗った部分をグラフの場合での図形と見なすようなイメージだ。定義の仕方はほとんど同じで、2点を結んでできる線がかならず図形の中に含まれるように、グラフでいうと色を塗った部分に含まれるときそのグラフを凸なグラフという。

図形の場合と異なる点としては、"凸でない" = "凹である" とはしない所である。理由は後述する。"凸でない" 状態は、ただ "凸でない" 状態にすぎない。

さらに細かい説明としては、グラフの凸には上下がある。上の図のように、下に向けてポコッとなっているグラフは "下に凸" という。


3. 準備③ 凹凸を式で表す

さて、ここまでなるべく数式を出さずに説明してきたが、やはり "グラフ上の2点を結んだ線がかならずグラフの上側にある" というあいまいな説明ではなかなか応用がききにくい。ここら辺で数式を出してもう少しふみこんで凹凸を定義してみようと思う。



図に書いた不等式が成り立つとき、そのグラフを "凸なグラフ" 、グラフをみたす関数を "凸関数" という。

グラフの線上の2点を (a, f(a))、(b, f(b)) と文字を使って表し、2点を結んだ線上の点のy座標を (tf(a) + (1-t)f(b)) と表す。その点がグラフ上の(ta + (1-t)b, f(ta + (1-t)b)) よりも上側にある、と定義するのだ。(内分点を求めている。)
ここで、t や1-t は a と b の間の長さを t : 1-t に分割する比率である。

そして先ほど定義しなかった "凹" は、" -f(x) が凸のとき、f(x) を凹関数である" と定義する。

こうして凹凸を数学的にきちんと定義することができた。  


4. ようやくイェンセンの不等式の登場

さて、これでようやくイェンセンの不等式を登場させることができる。

先ほどまでは、紙の上のような平面の場合について凹凸を考えていた。
(平面は2次元の世界と呼ばれ、縦と横の移動しかできない。私たちが住んでいる世界は3次元、または4次元といえる。縦と横の移動だけでなく、高さの移動、さらには移動することはできないが"時間"という4つの尺度をもって生活している。)

凹凸を定義した不等式も2次元で考えたものなので、3次元の世界や4次元の世界では通用しない。とはいえ、3次元や4次元の場合で毎回定義していくのはなかなか面倒である。そこで、いっきにn次元という世界に拡張させてみようと思う。n次元で定義できれば、3次元だろうが100次元だろうが何次元にも対応できるので便利だ。



2次元の場合は、a と b という2つの文字で定義していたが、n次元では a1 ~ an の n 文字で定義する。
それにあわせて比率 t も t1 ~ tn の n 文字で表しておく。比率なので合計は 1 になる。
(この辺はくわしく書かないので、分からなかったらすっ飛ばすか聞いてくださいな。)

この不等式を "凸不等式" と呼んだり、"イェンセンの不等式" と呼んだりする。

"凸" という図形的性質をものの見事に不等式で表現し、n次元の場合の対称性がなんとも美しい。

一般には等式、すなわち "=" の式の方が美しいと思われるかもしれないが、ぼくは断然、不等式の方が好きである。
理由としては、等式を拡張することで世界が広がったり、近似の概念に応用することで思わぬ結果が得られたりするからだ。
たとえばイェンセンの不等式でちょうど "=" となる場合は "線形性" という極めて重要な性質が得られる。

さらに、イェンセンの不等式の美しさはその見た目にも表れているが、ぼくがもっとも美しいと感じるのはイェンセンの不等式からはじまる広大な不等式のストーリーにある。それを最後に紹介しておこう。


5. イェンセンの不等式から生み出されるストーリー

イェンセンの不等式は不等式の親と呼んでも過言ではない。この不等式から導き出されるさまざまな不等式がこれがまた何とも言えない美しさを帯びているのだ。

ここではイェンセンの不等式を使って導き出される代表的な不等式、「相加相乗平均の不等式」「コーシーの不等式」を紹介し、さらにその2つの不等式を拡張させた不等式、「マクローリンの不等式」「ニュートンの不等式」「ヘルダーの不等式」「ミンコフスキーの不等式」を紹介する。



細かい過程は省略するが、まずイェンセンの不等式で f(x) = -logx という凸関数を具体的にあてはめてみる。そうすることでかんたんに「相加相乗平均の不等式」を作り出せる。

さらになんと、「相加相乗平均の不等式」は "対称式" という性質において拡張されるのだ。それが「マクローリンの不等式」

マクローリンの不等式はとても美しい不等式だと思わないだろうか?
相乗平均の不等式をきれいに内包し、さらに応用範囲を広げている。それにもかかわらず、見た目のシンプルさを保っている。ビューティーだ。

マクローリンの不等式と似た形ではあるが、「ニュートンの不等式」というものもある。こちらも負けず劣らず美しい。数学的な直感で、"そうあってほしい" と思うものを自然にそれが成り立つことを保証してくれている。


相加相乗平均の不等式と同じように、イェンセンの不等式で f(x) = x^2 という凸関数をあてはめることで、「コーシーの不等式」を作り出せる。

実は、コーシーの不等式はベクトルの内積とも関係が深い。そういう意味では、イェンセンの不等式が線形性をふくんでいたことと関連付けると、ベクトルと"凸" という概念がお互いに関係が深いかのように思える。

まだまだ続く。コーシーの不等式を拡張させたものとして、「ヘルダーの不等式」がある。

これはイェンセンの不等式で f(x) = x^p という凸関数をあてはめて作る。コーシーの不等式は f(x) = x^2 という関数を使ってつくられていたことを思い出すと、導出方法までもが自然に拡張されていて美しい。

最後に、ヘルダーの不等式を使うことで「ミンコフスキーの不等式」という不等式を作り出せる。そしてなんと、この「ミンコフスキーの不等式」は「三角不等式」の拡張になっているのだ!!(三角不等式というのは、三角形の2辺の和はもう1辺よりも長いことを表す不等式である。)

難しい話になってしまうが、ミンコフスキーの不等式は "長さをどうやって測るか" という問題に関連している。縦と横にしか移動できない世界 (京都の碁盤目のような街) では、斜めの長さをどう測ったらいいのか。考えてみてほしい。

また、先ほどから "拡張" という単語をたくさん使っているが、拡張とは "一般化" することである。たとえば、人という生き物は哺乳類、生物、有機物、と拡張していくことができる。


こうして、イェンセンの不等式を出発点として、たくさんの美しい不等式が導き出された。最後まで読めたあなたはすごい。


この一連のストーリーにぼくはイェンセンの不等式の真髄、その美しさを感じるのだ。

あなたも数学的な美しさを感じたのではなかろうか?


6. おわりに

今回は数学の分野の中でも、ぼくが美しいと感じる "不等式" について紹介していった。

数学の魅力の1つに、幾何と代数、図形と式、抽象概念と言語世界の自由な往来があると思う。今回で言えば、凸という図形的な性質と、不等式という式の性質だ。この両者の間を自由に行ったり来たりできる所に数学の面白さがあるのだと思う。

またほかにも面白い存在があれば紹介していきたい。


ご精読ありがとうございました。

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