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第169回芥川賞候補作 私的感想 『それは誠』

それは誠は良かったね。最後の方は泣いたよ。
蔵並の計画に思わず読みながら「蔵並ー!」と
言ってしまったぐらいに興奮もした。

それなのに私は候補作予想動画でも話したように、その時点ですら私は敢えてこの作品を外した。

この作品は評価というか好みが真っ二つに割れている印象がある。
すごく良い、書いてあるとおり「作者の最高傑作だ」
という意見と
今までの乗代さんの作品は好きだったけれどこれは……という意見。

私は冒頭でも書いているように、この作品は良かったと思う。泣いたし興奮したし入り込んだ。
それなのに候補作予想(芥川賞予想ではなく、芥川賞候補作の予想時の話)の時におさなかった。

これは私のまさに私的感想になるのだけど、その理由は「純文学っぽさが薄い」から。
直木賞候補だったらおす。けれど純文学作品としては他の候補作の方がその色が強いと私は感じるのだ。

これ多分、私以外でも感じてる人いると思うんだよね。
チラホラ見聞きするのが、エンタメ系の作品が好きな人たちが
「今までの乗代さんは分からなかったけれど、これは好き。凄く良かった」
という意見。

それって純文学的な部分が薄いからそう感じるんじゃないかな?と思ったんだよ。

今回他の候補作が純文学的表現に溢れているものが多いから、そういった作品と比べると私は芥川賞候補作としてはおしづらかったんだよね。


この作品で私が注目したのは、中三のお正月に、おばさんの軽口とそれに激怒して出ていったおじさんのシーン。

ここで思ったのは、おばさんは悪気なくただ、誠に「おじさんったらね、あなたを引き取ろうとしたのよ」と言いながら、おじさんはあなたが好きなのよと言いたかったのだと感じた。

けれどおじさんは、真剣に誠を引き取りたかったが、男手一つで吃音もある自分がそれをやり切れるかと考え、実家に託したのだと思う。

だからこそ茶化されたような感じになったのが耐えられなくて出て行ったのではないだろうか、と。

誠はそんなおじさんの気持ちを分かっていたからこそ、おじさんに対して特別な想いがあり、より会いに行きたかったのではないだろうかと感じた。

そんな誠の気持ちを少しずつ班のみんなも分かってきたから修学旅行の計画はどんどん協力的になっていったんじゃないかな。

もう一つ、気になったというか好きなシーンの一つに
大日向がおじさんからの伝言を伝えるシーン。
ここの辺りの2ページほどの誠の態度は純文学的だと思う。

おじさんが「来てくれてありがとう」と言っていたと伝える大日向。
けれど「嘘つけ」という誠。

おじさんの性格と吃音の事があるから、そういういかにものセリフは言わないと思ったんだろうね。

だけど松に「ほんとか?」と目を見ながら聞くと、松も吃音を真似しながらなのか、松自身の話し方なのか
「あ、ありがとうって、つ、つつ、つつつ伝えてくれ」と答える。
それで誠は信じられたのだと思う。

「そこまでひどくないだろ」
と言いながら、多分、松が一生懸命自分に『おじさんは誠を想ってるよ』という気持ちまで伝えようとしてくれたことが伝わったのではないだろうか。

詳しく誠のこの心情が書いてあるわけではない。でも読んでて分かってくるよね。だからこそ、ここは誠の心情表現が純文学的だなと感じた。

そしてやっぱり、終わり間際の松のお母さんの電話のシーン。
あそこは好きな人多いよね。
ジーンときちゃったよ。

というわけでこの作品、純文学としては他の作品と比べると個人的にはおしにくいけど、良い作品ではあったし好きだった。

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