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なつくまショートショート(DEEP)

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「イヤミスが好き」モードで書いたモノや「情熱的な愛」系の物語が多いので、だいじょうぶな方はこちらへ。ライトな物語が好きな方には向かないかも。
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#小説家

殺人鬼と人間鬼

 蝶々結びのうまくできない男が好きだ。  トビウオみたいにまっすぐ結んだそれを、ピンピン跳ねさせ歩く姿。  シャブリつきたくなる。  だから本屋で見かけた、本をまっすぐ整える男に興味を抱くなんて、きっと満月のせいだとしか思えない。  どうしました、と声をかけてきたのは、彼のほうだった。 「死後の世界とか遺言とか、そんな本ばかり見ていたので」 と彼は付け加えた。 「夫がね、なかなか死んでくれなくて、夢を見にきたの」    近くにあった『夫の死後、妻がするべきこと』と書かれた

ナツミとノボルとサクヤさん!

 吹雪で木々の姿は見えない。ナツミは、感覚を失いかけている右足をさすった。隣りにいるノボルは、チラチラこちらの様子をうかがっているが、その顔はのっぺりとしてよく見えない。 「恋人のケンタさん……でしたっけ。彼のこと、考えているのですか」 「あたり前でしょう」  ケンタとクミと三人で登山にやってきたが、ナツミだけはぐれてしまった。数時間は彷徨っただろうか。この洞窟を見つけホッとしたところで、奥に居たノボルの存在に気づいたのだ。  「彼らはきっと生きていますよ」  焚火に身を寄

白いお年玉

 クリスマスの終わったサンタは暇なので、白くて長い髭を切った。たくさんの髭が集まって、大きな山ができた。  そこでサンタたちは友人のトナカイに、丸くて美しい玉を作り、鈴のかわりに首にかけてやった。多くのトナカイは喜び、夜空を駆け巡った。 「そんなに走ってはあぶないよ」  トナカイの耳には届かない。  年が明けた日本のある家では、孫が遊びに来て賑やかな正月を迎えていた。 年賀状を取ろうと外に出た婆やは「あらまあ」と空を見上げた。その声につられて爺やと孫のタツヤが顔を出してく

壁ドン。

 今日も隣りから大きな声がする。酔っぱらった男が同棲中の女に絡んでいるのだ。耳を塞ぐ。だが、下品で威圧的な声は止まらない。 「いい加減にしてくれ!」  たまらず壁を叩いた。とたんに静かになる。壁ドンで静かになるのは、はじめてのことだ。嬉しくてテレビをつけて寝転ぶ。これでゆっくりできる。 「あれ……?」  テレビ本体を確認するが異常はない。だが音量は50と出ているのに、聞こえないのだ。  目の前で手を叩いてみる。パンッと手の弾かれる音もしない。 「おおおおおい!」  やはり何も

沼に落ちて数時間が過ぎた。もう肩まで沈みつつある。 そこに漁師が通りかかった。漁師は釣糸を私に向かって投げてくれる。 「これで助かる!」 つかまると、釣糸が私を岸の方へいざなう。だがその糸はとても細く体重を支えきれそうにない。私は暴れた。漁師も沼に落ちた。 「これで五人目だ」 糸をたぐり寄せ、やっとの思いで漁師を近くまで引き寄せた。漁師は私に「すまなかった」と謝った。 「なにをおっしゃいますか、ありがたいことですよ」 私は5人目の体を踏み台にして、沼から外に出ることに成功した