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私はおんち

 子供の頃からおんちだって言われていた私が今こうしてステージに立とうとしている。生まれてからずっとおんちだって言われ続けた。だけど私はそれでも歌手を夢見て田舎を飛び出したんだ。みんな勿論お前には歌手なんてなれない。それどころか東京じゃまともに暮らせない。そんなことばかり言ってた。だけどいくらおんちでも夢は諦められない。だからみんなの反対を振り切って東京に行ったんだ。初めての東京。この大都会でよく迷って人に道を尋ねたっけ。迷いすぎて同じ人に3回ぐらい道を尋ねた。それからの駅前でのストリートライブの日々。私は人並みに自分を見失わないように必死になって歌ったっけ。その努力が実ってレコード会社の人が私に声をかけてくれたんだ。私はこの思いもしない誘いにびっくりして思わず「こんなおんちな私を歌手デビューさせていいんですか」って何度も聞いた。だけどレコード会社の人は「君がおんちだなんてなんかの間違いだろ?君ほど上手い歌手は滅多にいないよ」なんて言ってくれた。その人はすぐに私のマネージャーとなり、ずっと私に付き添うようになった。私はこの過保護ぶりにちょっと腹が立って、「私もう大人なのよ。いい加減にしてよ」なんて文句を言った。だけどマネージャーは顰めっ面をしてこの大都会に君を一人っきりにするのは危険だなんて答えた。そんなこんなで私は今ステージに立とうとしている。たった一人。今まで入ったことすらなかったこのホールで。私はステージまでの道のりを一歩ずつ噛み締めるように登った。深く暗い栄光への道。ステージまでの距離は長すぎるほど長い。だけどこの暗い道を抜ければ眩しいライトが輝くステージに上がれるんだ。

「おい、マネージャーさんよ。歌手はいつくんだよ!もうライブの開始時間はとっくに過ぎてんだぞ!」

「今スタッフに手当たり次第探させているところだ!チクショウ!まさか楽屋からステージまでの距離で道に迷うなんて思わなかった。全くとんでもないおんちだ!アイツ自分でおんちだって言ってたけどまさか方向音痴のおんちの方だって思わなかったぜ!」

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