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カントリーミュージックのラジオの立ち位置

2003年、カントリーミュージック界でグラミー受賞者である女性3人組のザ・チックスの不買運動が起こったことを知ってる人はいるだろうか。ボーカルのナタリーがコンサート中に、イラク戦争に関して同郷のテキサス出身のブッシュ大統領の行いに苦言を呈したことがカントリーミュージックファンの怒り、全米を巻き込むほどの問題になったのだ。ナタリーが言ったことは、母親として、子を持つ親として、当たり前の発言だったかもしれないが(と、私は思っている)、テキサス出身のブッシュ大統領への批判は、多くの共和党支持者がいて、イラク進軍を支持しているテキサスのカントリーミュージックファンのみならず全米から批判を受けることになり、結果として彼女たちのCDの不買運動、ブルドーザーでCDを粉々にする映像までニュースで流され、大騒動となった。その当時彼女たちの全米、ヨーロッパを回るツアータイトルは”Top Of The World”ツアーという皮肉にもニュースネタをばら撒きながらの世界を駆け抜けるツアーとなり、米国以外からは概ね高評価で応援されていたこともあげておこう。当時、この現象についての呼び名は今の「炎上」に近いものだったようだが、正式には”大衆から抹消される(キャンセル)扱いを受ける”ということで「キャンセルカルチャー」と呼ばれるものらしい。ちなみに彼女たちはそれぞれ子育ての時期で仕事量を減らし、世の中の圧力が弱まった現在はまたツアーを中心に活動をしている。そして2016年にCMAのショーにビヨンセが彼女達を引き連れてカントリーのステージに現れたことが、チックスの公の復帰と思われるが、ビヨンセを中心にしたことで、今度は新たに人種問題へのカントリー界宣戦布告につながることになり、、それは以前記事にしているのでそちらを見ていただきたい。(しかし、彼女たちは問題定義が好きなのか)そして、私は普段のライブでチックスの曲を多くカバーしているので、この映像を見て泣けたし、やはり「えっビヨンセ出してきたらまた叩かれる」と思ったのも本音。

さて今回話題にしたいのは、政治と音楽の関わりではなく、カントリー業界のラジオにおけるジェンダーの問題だ。私は日本生まれ日本育ちなのでアメリカの情報は常に誰かの文字からしか知り得ないのだが、たとえばビルボードチャートなどは毎日のように音で確認している。カントリーミュージックは昔から、ラジオでどのくらい流れているかが大事と言われていて、いわば、業界で一番力を持っている立ち位置がラジオなのだ。1990年代にカントリー界で女性シンガーが一番売れていた時代があった。ラジオのチャートの全部を女性シンガーが占めるぐらい、そして「Woman Of Country」というようなタイトルのコンサートが連日行われたりした時期があって私は狂喜乱舞していた。さて、現在のチャートはどうだろう。

ラジオコンサルタントのキース・ヒルが「トマトゲート」事件と呼ばれる発言を2015年にしている。
「カントリー・ラジオで視聴率を稼ぎたいなら、女性を排除しろ。女性アーティストの曲は連続して流さないで、サラダに例えるなら、男性アーティストがレタス、女性アーティストはトマトの付け合わせとしてたまに加えて彩にするのがいい」とし、そうすることで業界全体の売り上げが上がると提唱したのだ。これは色々な意味で大きな反響を生んで、全女性シンガーを敵に回したことになるのだが、果たしてその後どうなったかというと、さらに酷いことになっている。果たしてなぜか?

現在のカントリーファンのリスナーは女性が70%以上と高く、多くの女性は男性シンガーのファンであることも明白だ。つまり女性ファン向けのラジオの内容にすることが売り上げにつながる、そのためにはラジオでは男性シンガーの曲を中心に流すべきで、ひいては業界全体の売り上げが上がると言いたいわけだ。もちろん、キースは「私は女性シンガーは好きです。ただコンサルタントとしてはこう言わざるおえないのだ」と締めている。

カントリーミュージックは本来、移民がアメリカに持ち込んだ音楽から派生した歌が多く、望郷の歌、民謡に近い歌、労働の時に自分たちを励ます歌などが、より商業的な音に生まれ変わってカントリーミュージックが確立していった。歌の内容は主に、失恋して悲しい、故郷に戻りたい、仕事がない、、など、辛いことを歌で晴らすようなものが多く、アメリカを横断して仕事をするトラックドライバーがルート66のラジオで聴くためのカントリーミュージックという立ち位置だったので当時は圧倒的に男性リスナーが多かったであろうが、やはりコンサートで表立って歌う男性シンガーがいわゆるイケメンであったり、男性として人気が出てくると女性ファンが増えてきた。現在は無骨でかっこいい、もしくはスマートでギターが上手い男性シンガーと圧倒的な女性ファン層が確立されている。当然、女性ファンは「推し」に惜しみなくお金を使うことが多く、コンサートに、物販に、ラジオのリクエストに、と業界の売り上げに貢献してくれている。そのために、女性シンガーは「トマト」という扱いになってしまっている。(非常に雑な説明ではあるが概ねそこがポイントになっている)そしてこの問題が勃発した後、2018年に調査が行われた結果も女性シンガーの楽曲の扱いも相変わらず低いそうだ。

現在、私がビルボードを見て毎回「あれ、女性シンガーって最近新曲出してないのかな」と思っていたのは実はラジオで流れてこないからチャートに上がらない、、ということだったのだ。
古くはリアン・ライムスがカントリー業界から離れ、テイラー・スウィフトは皆様の記憶にあるだろう、そして新しいところでは昨年、マレン・モリスも問題定義をしている。

業界的な売り上げを伸ばす必要性と、純粋に音楽を楽しむために必要な事業はどう折り合いをつけていくべきなのだろうか。ラジオで流れないのはラジオの責任なのだろうか。レーベルがもっとプッシュしてシンガーを売り込めていないからなのだろうか。どちらが先なのかは鶏が先か卵が先かだ。
2022年のデータでは、アメリカとカナダのカントリーラジオ局のエアプレイのデータベースでは女性カントリーシンガーは全体のたった11%という結果が出ている。これでは女性カントリーシンガーおろか、カントリー界で歌う女性有色人種の存在すら知られないで終わってしまう。今後どうなっていくのだろうか。

皮肉なことに、カントリーの枠から飛び出したテイラー・スウィフトが世界一となってどこよりも業界的に成功していることについてはカントリーの重鎮はどう考えるだろう。
そしてアメリカのカントリー業界に現在ラッパーが多く参入してきていることについては別途書いてみたいと思う。ちなみに日本のラジオで流れる男女の比率はどうなんでしょう。知ってる方がいたら教えてください。


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