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ストリップを観てからホテルに行く百合小説②

第二話

三回目の公演を途中まで見て、千紗と一緒に劇場を出た。空はすっかり暗いのに、大きな家電量販店が集まっているから辺りは煌々とあかるい。
劇場を出てすぐに入場料と写真代を千紗に差し出すと、千紗は三千円をわたしの手に戻した。


「毎回言ってるけど、入場料はいいってば。私も楽しんでるし。スタンプカードだって持ってるんだよ?」
「でも……」
「もう、じゃあアイスおごって」


ストリップ観たあとアイス食べたくなるのなんでかな、と浮かれた声で言いながら、千紗が先に立って歩き出す。のろのろと後をついていくと、振り返った千紗に手首を掴まれた。「手をつなぐ」というよりは「連行」に近い格好で、わたしたちは人混みを抜けていく。


「いつものところでいい?」
「うん」


東口方面から北口方面はそう遠くないはずなのに、わたしは何度通ってもうまく道が覚えられない。よく知ったコンビニが見えてきてやっと、そこから目的地へと向かう道筋がおぼろげに頭に浮かぶ。


千紗とコンビニで買い物をする、この時間が好きだった。夕飯用のドリアやパスタ、サラダのほかに、いつもは食べないスナック菓子や度数のすこし高いお酒も、とりあえずカゴに放り込んでいく。千紗はアイスケースをじっくり眺めたあと、手ごろな値段のバニラアイスを手に取った。


「おごりなのに、高いやつじゃなくていいの?」
「おごりだから、ラクトアイスじゃなくてアイスクリームなの」


千紗の言っている意味はよくわからなかったけれど、嬉しそうにしているのでわたしも同じアイスをかごに入れた。お会計は、アイスのぶんを除いてきっちり二等分。コンビニを出て、すぐ近くのホテルへと向かった。自動ドアが開くのに合わせて、「いらっしゃいませ」という音声が流れる。それが千紗のお気に入りで、部屋を選ぶあいだもずっとくすくすと笑っていた。エレベーターの中で「イラッシャイマセ」と真似をしてみると、全然似てない! とびっくりした顔で言ってから、涙目になるほど笑ってくれた。


手を洗ってうがいをしている間も、コンビニで温めてもらったドリアとパスタの匂いが濃く漂う。


「先にアイスたべちゃおっか」


アイスが溶けてしまうのを気にして私がそう言うと「みなと、アイスをわかってないよ」と千紗はなぜか得意そうに言った。


「溶けかけがいちばんおいしいんだから」
「でも溶けちゃうよ」
「だいじょうぶ」


いただきます、と手を合わせた千紗に倣ってわたしも手を合わせ、いただきますと呟いた。湯気の上がるドリアは魅力的だけれど、劇場の余韻で火照った体はまず冷たいものを求めている。普段飲まない、あまい炭酸飲料のふたを開けて大きく二口飲むと、子供のパーティーみたいな気持ちが湧いてきた。


「あたしもそれ飲みたい」


千紗にペットボトルを差し出すと「回し飲み、よくないかなぁ」と気にした様子だったのでつい笑ってしまう。


「これから何すると思ってるの」


何気なく言った言葉に、めずらしく千紗は顔を赤くしてわたしの肩のあたりをばしばしと叩いた。


いつもシャワーはそれぞれで入る。けれど今日はアイスがあるので、お湯をためた湯船に足を浸けながら、二人で浴槽のふちに座って食べた。お湯の清潔な匂いと、やわらかく溶けたバニラアイスの冷たさが喉の奥で混ざり合う。


「ラクトアイスとアイスクリームって何がちがうの」
「……濃さ」


眉をぎゅうっと寄せているので、あまり自信がないことがわかった。千紗は気持ちが表情に出やすい。表情に出すことをおそれない。


わたしの方が先に食べ終わったので、千紗が食べ終わったらそのままシャワーを浴びられるように浴室を出た。プラスチックの容器はビニール袋にまとめてきつく口をしばっているけれど、乾燥した部屋の中にはまだ食べもののにおいが残っている。


リュックサックの中からファイルを取り出す。折れないように挟んでおいた踊り子の写真を眺めると、細いポスカでびっしりとメッセージが書かれていた。みなとちゃんへ、という文字や、手紙のお礼が綴られた文字を眺めていると、踊り子の声が頭の中に蘇る。踊り子がメッセージを書くときに思い浮かべている「みなとちゃん」が千紗であることに、ほっとしている自分が居る。


思った通り、千紗が撮った写真は理想的な構図だった。千紗とのツーショットにもメッセージは添えられていて、限られた時間の中で懸命にファンに応えようとする踊り子の姿勢に、感激とかすかな後ろめたさが胸に湧き上がってきた。


「お待たせ、次どうぞ」


ガウンに着替えた千紗が髪を拭きながら戻ってくる。ガウンは大きめと小さめの二枚しか用意されていなくて、わたしよりは背が高い千紗が、大きめのガウンからまっすぐな鎖骨を覗かせている。


髪を濡らさないようにシャワーを浴びて、すこし考えてからやっぱり髪も洗った。待たせるのは申し訳ないから、タオルで雑に水気をとったあと外側だけドライヤーで乾かした。ガウンにはズボンがなくて、はだしで履いた薄っぺらなスリッパがとても頼りない。


同じシャンプーを使ったはずなのに、ベッドにいる千紗は劇場でかいだのと同じいい匂いがした。「香水も持ち歩いてるの?」と尋ねると一瞬目を見開いてから柔らかく微笑んで頷く。ペンやノートを除けば最低限の荷物しか持たないわたしとは違って、千紗はいつもいろんなものを持っている。


「ここめちゃくちゃ乾燥するから、ちゃんと保湿した方がいいよ」


そう言いながら、指ですくったクリームを手のひらに伸ばしてわたしの顔をやさしく覆う。反射的に目を閉じると、千紗のほそい指のかたちを伝えるようなつめたさがくっきりと感じられた。


「冷えてる、待たせちゃったね」
「そうじゃないよ、いつもこうなの」


まだシャワーの熱を残した自分の手で、千紗の手を包む。白くて指が長く、楕円形に整えられた爪には淡いピンクのネイルが施されている。冷えた指を温めたくて、まとめて握ったり指を組んでこすったりとせわしなく手を動かすと、クリームの匂いが一瞬鼻先をかすめた。


「一応聞くけど、電気消していい?」
「ここまでならいいよ」


千紗が枕もとのスイッチをひねると、明かりがごく暗いオレンジ色に変わる。薄暗いとはいえ表情は十分識別できてしまうけれど、不満を口に出す前に千紗の唇が重なった。目を閉じて、いつもそうするように千紗の耳を塞ぎながら、舌を吸ったり歯列をなぞったりしてわざと音を立てる。柔らかな髪がまだ湿っていて、指でそっと梳くと香水の甘やかな香りがひときわ濃く漂った。


「髪にもつけるの?」
「何が?」
「香水」


いい匂い、と呟くと、千紗は「みなとは、気づいてほしいことにちゃんと気づいてくれるね」と緩んだ声でつぶやいた。


「いろんなつけ方があるよ。手首とか首筋とか、ちょっと香らせるだけならふくらはぎとか……でもね、みなとに会う時は、みなとがどこにさわるかなって考えながら、つけてる」


そしたら匂い、移るでしょう? と言いながら恥ずかしくなったのか、千紗の声がだんだんと小さくなっていく。千紗の首筋に顔を近づけると、確かに香りを強く感じた。そのまま鼻先を押し付けて肩、二の腕、鎖骨の下、と香りの強さを確かめながら順番になぞっていくと、くすぐったがりの千紗は声を立てて笑う。だめ、と押しのける手にさほど力が入っていないので、わざと胸をさけておなかへと顔を押し付けた。薄いおなかからは肌の柔らかな匂いだけがして、突き出した腰骨に唇をつけると千紗が身じろぎをしてシーツの擦れる音がした。上下揃いで水色の下着には銀色の糸で細かく刺繍が施されていて、脱がせてしまうのがもったいないような気がする。腿から膝、足先へとそのまま唇をすべらせて、ペディキュアの塗られた爪先の片方を持ち上げてじっと眺めた。両手で包むと、身長と比べてちいさく見える足はつくりものみたいだ。


「靴擦れの痕」
「ヒールとか、履くから」
「履かなきゃいいのに」
「履きたいんだもん」


そっか、と言いながら感嘆の息が漏れた。ハイヒールは本当にひとの脚をきれいに見せる、と、劇場で踊り子を見るたびに思う。動きにくくて窮屈で、どうしたって足先が不自然な形になってしまうあの靴を、たとえばオフィスなんかで強制したりされたりするのはいやだな、と思う。けれど、その苦痛を知ってなお履くことを選ぶ個人の心意気には敬意で応えたい。指の関節や腱のところにのこる擦れた痕に舌を這わせて、痛みに慣らされていく皮膚をねぎらう。千紗の目にわたしがどんなふうに映っても、いまだけは全然気にならない。


「くすぐったいよ」


千紗の声には笑みが含まれていて、自由なほうの爪先がわたしの膝をやさしくなぞった。こういうときの千紗の表情が好きなこと、いま身に着けている下着がとても似合うこと、ぜんぶ過不足なく伝えたいけれど言葉にすればそらぞらしくなりそうでもどかしい。言わなければ伝わらないのに、言えばなくなってしまいそうなものがあまりに多すぎる。


「もっとさわらせて」


かわいい、という気持ちがちゃんと伝わるように、ブラのふちについたレースをゆっくりとなぞる。それを取り払うと、緊張が解けたように白い胸がゆっくりと上下した。香水の匂いがはっきりとわかるくらい濃く立ち昇り、千紗と目を合わせてくすくすと笑った。


「さわるって、わかってる場所だもんね」
「わざわざ言わないで」


手で触れると傷つけてしまいそうで、守ってくれるもののなくなった先端へと舌先を軽く押し当てる。千紗の背中がちいさく跳ねた。落ち着かない様子で動き出した膝をわたしの体で押さえつけてから、舌を動かしてそこの感触が変わっていくのを愉しんだ。時折唇で吸い上げるとき、わざと音を立てると千紗の声色がはっきりと変わってくる。気持ちいい? と聞くのは野暮になるような気がして、シーツを握りしめている千紗の手を解いて指を絡めた。


「みなと」
「うん」
「みなと、」


こっち向いて。と、続く声にすこし戸惑う。見られるためだけに顔を合わせるのは得意じゃなくて、少しだけ目を合わせてから口づけでごまかそうとしたら、咎めるように唇を甘噛みされた。


髪が乱れても、息が上がって口元が緩んでも、千紗はちゃんときれいだと思う。千紗はわたしが着たままのガウンを取り払い、ブラを着けていないわたしが体を隠したがるのを制してから両腕をこちらに伸ばした。抱き締めると肌と肌が触れ合って、自然と瞼がおりていく。なにもしなくても、互いの鼓動がすこしずつ早くなっていくのがわかって、耳にかかる千紗の息が湿っていく。


体を重ねたまま、千紗の下着の中に手を伸ばした。繊細な生地を傷めないように、ゆっくりとずりおろしていくと脱がせやすいように千紗が脚を曲げてくれる。ふといたずら心が湧いて、脱がせたパンツを踊り子がやるみたいにくるくるっと手首に巻き付けた。千紗は不意を突かれて吹き出してしまい、しばらく笑い続けた。


(続く)

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