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桐島あお
2021年7月24日 02:02
あの子の名前ならよく覚えている。けれど毎日をふつうに暮らすとき、わたしはそれをすっかり忘れたふりをする。高校時代の思い出を話すときだって、わたしの物語にあの子は出てこない。あの子の名前、それはわたしにとって、誰かに聞かれた途端元のかたちでなくなるようなもろいものだ。ときおり、意味もなく目の覚めた朝方なんかにそっとつぶやいてみるだけの、通り過ぎた日々の墓標。あの子は学校指定のローファーをもってい
2021年7月25日 09:52
終電も過ぎた午前二時。こんなところでもつい、お金を渡すとき「お願いします」と声を出した私と、明らかに酔った奇声を上げる鷲田さん。ふたりぶんの女の声を聞きとめたフロントのおばちゃんは、すりガラスごしに「何やってもいいけど、ゲロだけは撒かないでよね」と言った。何って、と思いながら鍵を受け取る。私たちはただ、眠る場所ときれいなトイレが要るだけだ。定員二名、と書かれたドアの鍵を回す。失恋のやけ酒で酔っ
2023年7月31日 01:50
学校から駅までを結ぶ長い長い帰り道、リリコと二人音楽を聴いて歩いた。リリコは私よりずっと背が高いから、歩幅がずれるたび分け合っているイヤホンがたわむ。外れそうになるそれを中指で抑えて、重い鞄を肩に掛けたり肘に掛けたりしながらよたよたした足取りで帰り道を進んだ。醜さのあまり群れからもれたライオンが、さみしく死んだあと花になりましたっていう悲しいくせに軽快なリズムの音楽は、リリコの好きな歌。私には