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#60 現代社会の問題③(育児を巡る文化と環境)

次の文章を読み、あとの問いに答えなさい。(90分)

問1 課題文において言及されている現代日本での母を巡る2つの問題の原因を説明しなさい。(200字以内)
問2 課題文にみられる問題を改善するためには、どのようなことが必要か、あなたの意見を書きなさい。(400字以上600字以内)

スライド9

 人気ファッションモデルの道端アンジェリカさんが炎上した。彼女の結婚観に対してネット上で批判が殺到したのだ。道端アンジェリカさんは日本テレビ系『解決! ナイナイアンサー』に出演、座談会形式で理想の結婚について語った。そこで彼女は結婚しても「1週間に1回は男と女に戻りたい」と言い、子どもができたらどうするのという問いに「私は絶対ベビーシッターさん」と答えたのだ。
 「結婚して子どもができても1週間に1回は預けたい」と言い、夫婦の時間を大切にしたいということらしい。特に夜は旦那と2人きりで過ごしたい。そんな時も「ベビーシッターさんに寝かしつけてもらうのが理想」と答えている。他にも結婚相手に求める年収は5000万円など、素直な意見が続く座談会だったのだが、1番問題視されたのは、彼女が無邪気に「ベビーシッターを使う」と発言していた箇所だった。
 番組放送後、ツイッターなどでは「育児をなめている」「こういう奴が子どもを産んだらダメ」「ベビーシッターを使うなんて子どもがかわいそう」「お母さんになって欲しくない」といった意見が飛び交った。
 確かにアンジェリカさんが炎上しやすいキャラということはあったかも知れない。だけど何も彼女は、育児放棄をしようというのではない。番組では、夜に2人で過ごすために昼間は子どもと精一杯遊び、子どもが寝やすくなるようにするとも発言している。それでも「子どもを誰かに預ける」という1点において糾弾されてしまったのだ。
 ちなみに、出生率が高く、子どもを育てやすい国として知られているフランスでは、ベビーシッターを使うことは当たり前で、国から補助金も出る。実際、3歳未満の子どもの約2割は、主にベビーシッターが面倒を見ているという。ベビーシッターの利用が「経費」としてさえも認められない日本とは大違いだ。
 それにしても、僕もよく炎上するが、さすがに「ベビーシッターを使いたい」と言ったくらいでは、ここまでの騒動にはならないと思う。おそらく「お母さん」と「お母さん」予備軍には、通常よりも厳しい監視の目が向けられているのだ。 (中略)

 もう40年以上前だが、「日本人にとって母とは、宗教のようなものだ」と指摘した研究者がいた。日本の母たちは、常に子どものことを生き甲斐として、我が子のためになら喜んで自分という存在も犠牲にする。そして、子どもがどんな逆境に陥った時でも、母だけは必ず子どもの味方になる。そんな「母」が日本では戦中、戦後と理想とされてきた。実際、テレビドラマや文学作品などに登場する母親は、全人生を子どもに捧げる「聖母」のように描かれている。確かに『サザエさん』でも『クレヨンしんちゃん』でも、日本の物語に登場する「お母さん」は、とにかく子どものためには献身的になる。
 今でも母親に「聖母」性を求めている人は少なくない。だから、道端アンジェリカさんの「ベビーシッター事件」のようなことが起こる。母親は遊んだりせずに、常に子どものことを考えていなくてはならないという考え方が、まだまだ今の日本に根強く残っているのだ。
 しかし、これはあくまでも「お母さん」はこうあって欲しいという社会の勝手なイメージだ。実際には「お母さん」もただの「人間」なのだから、子育てに疲れることもあるし、自分の時間を持ちたい時もある。発達心理学者の大日向雅美さんの研究によれば、多く母親たちは今も昔も理想と現実のギャップに苦悩してきたという。
 「子育ては楽しいと思っていたけど毎日がつらい」「子どもって、もっとかわいいものだと思っていた」「産まれれば母性が芽生えると思っていたけれど、子どもが何をしても泣きやんでくれない。首に手をかけていたこともある」大日向さんのもとには、そんな悲鳴が子育てをしている母親たちから届くという。
 少し古いデータになってしまうが、大日向さんが1994年に実施した全国調査によれば、「子どもがかわいく思えないことがある」という母親は実に78.4%、「子育てがつらくて逃げ出したくなる」と答えた人は91.9%にも及んだ。また最近、日本保育協会が行った調査でも、10%の保護者が「子どものいない人がうらやましい」、16.3%が「子育てが重荷」、38.4%が「時間に追われて苦しい」と答えている。少なくないお母さんたちが苦悩の中にいるのだ。

 このような声を聞いて、「子どもを産んだんだから当たり前だろう」「育児は甘いものじゃない」と批判する人がいるかも知れない。だけど、そもそもなぜ「お母さん」は減点法で評価されないといけないのだろう。これが「お父さん」だったらどうだろう。ちょっと育児休暇を取っただけの人が「イクメン」と呼ばれるように、「お父さん」はほんの少しでも育児に関わっただけで褒められる傾向にある。
 「私たちが若い頃は子育てに文句なんて言わなかった」という人がいるかも知れない。だけど、そういう批判をする人が忘れていることがある。子どもをめぐる環境は昔とまるで変わってしまったのだ。
 かつては、子育てを祖父母が助けることは珍しいことではなかった。しかし、厚生労働省の調べによると、児童のいる世帯のうち3世代家族の割合は約16%にまで下がっている。親世代と子ども世代の別居化が進んでいるのだ。さらに、この10年でも社会環境は大きく変わっている。三菱UFJリサーチ&コンサルティングによれば、2002年には「子どもを預けられる人がいる」と答えたお母さんの割合は57.1%だった。それが2014年の調査では27.8%にまで減っている。さらに「子ども同士遊ばせながら立ち話をする人」「子連れで家を行き来できる人」「子育ての悩みを相談できる人」がいると答えるお母さんの割合も大きく減少した。
育児は今、ますます孤独になっているのだ。

 孤立したお母さんほど、育児不安を抱える割合が高くなることもわかっている。内閣府の調査によれば、仕事を持って働くお母さんよりも、専業主婦のほうが、「育児の自信がなくなる」「自分のやりたいことができなくてあせる」「なんとなくイライラする」といった不安を抱える傾向にあるという。これは「専業主婦のお母さん」がダメだという話ではない。専業主婦であっても、きちんと「ネットワーク」があれば、お母さんは育児不安に陥らずに済むことがわかつている。それは祖父母との同居でもいいし、近所づきあいでもいいし、もともとの友人との交流でもいい。社会との接点をきちんと持っているお母さんは、育児不安が軽減されているという多くの研究がある。
 まぁ、考えてみれば当たり前の話だ。お母さんは子育ての「プロ」ではない。特に1人目の育児に関しては完全な「素人」。そんな素人に対して、世間はやたら「きちんと育児しろ」というプレッシャーばかりをかける。そこで自分の親や夫や保育士さんや、きちんと相談相手がいる人はいい。だけど、そうじゃないお母さんは、不安ばかりを抱えることになるだろう。しかも育児に「正解」はない。育児書やインターネットの育児サイトには、本当に無数の育児方針が書かれている。そして、お母さん同士、めちゃくちや論争している。何を食べさせればいいのか。反抗期をどうするか。言葉を覚えるのが遅くないか。だが子どもによって置かれた状況が違う以上、万人に当てはまる「正解」は、本来ほとんどないはずだ。
 そんな時、育児経験者が周りにいれば「あんまり気にしなくてもいい」といったアドバイスをもらえるだろう(現にだいたいのお母さんは1人目より2人目、2人目より3人目のほうが育児が適当になっている)。だけど、孤立した育児ではそうもいかない。誰もが無料で電話相談ができる「育児ホットライン」などもあるが、CMをガンガンやっているわけでもないので、それを知っているのは「情報強者」のお母さんくらいだろう。

 子どもを虐待してしまう親たちもいる。厚生労働省によれば、児童虐待死の実に約8割は子どもが3歳までの時に起きているという。しかもそのうち約半数は、子どもが0歳の時。こうした悲惨な児童虐待死は年間50件近く起こっているが、加害者のほとんどは母親だという。夜泣きや食事の拒否に我慢できなかったりと、様々な理由で子どもに手をかけているのだ。
 また、死亡にまでいたらない児童虐待事件も多く発覚している。最近では年間約7万件もの相談が、児童相談所に寄せられているという。虐待をしてしまうお母さんは、孤立して誰にも相談できずに子育てをしていることが少なくない。もちろん、ほとんどのお母さんたちは、子どもを無事育てあげる。だけど児童虐待は、何も加害者であるお母さんを責めて済む話ではない。
 子育てを経験した人からよく聞くのは、「子どもに手を上げてしまう気持ちがわかる」という話だ。せっかく準備した食事をめちゃくちゃにする。母乳をあげようとしても、抱きかかえても少しも泣き止まない。そんなことが毎日のように続くと、どうしても子どもに手を出したくなる……。
 虐待は、様々な要因が重なって起こることが知られている。特に虐待をしてしまう親は、(1)社会的に孤立していて助けてくれる人がいない、(2)子ども時代に大人から十分な愛情を与えられなかった、(3)経済不安や夫婦仲など生活にストレスがあるといった状況に陥っていることが多いという。
 児童虐待の現場支援をする川崎二三彦さんは、著書の中で「児童虐待の加害者は、人権侵害の被害者」と述べる。多くの児童虐待をしてしまう親は、不遇な子ども時代を過ごしたり、夫や社会から支援を全く受けていなかったりすることが多い。だから、児童虐待を防止するためには、まずお母さん自身をケアしてあげることが大切なのだ。
(古市憲寿「保育園義務教育化」2015年)

【解答例】

問1
道端アンジェリカさんが炎上したのは、母親に「聖母」性を求める人が少なくないためだ。母親は常に子どものことを考えていなくてはならないという考え方が、日本には根強く残っている。それにより日本ではベビーシッターが利用しづらい環境となっている。また母親による虐待の増加は、現代の育児が社会から孤立しているために起こってしまっている。社会との接点を持てない母親が育児不安に陥ることで虐待が生じてしまっている。(199字)
問2
 問題の根幹は母を巡る関係性の欠如にある。ベビーシッターの利用も虐待も、ともに母もしくは旦那以外の第三者が関わってくれれば軽減する問題だ。1番良いのは祖父母が関わってくれることであろう。例えば、サザエさんやちびまる子ちゃんのような家庭である。が、現代でそれは難しい。だから現代には新たな関係性や人とのつながりを構築する必要がある。時代が変わったのなら、その分社会の有り様も変わらなければならない。
 そのために以下では問題解決の一手段として、地域ごとの子育て相互扶助グループの設立を提案したい。これは行政とママ同士による育児の相談やサポートができるコミュニティのことである。第一に母の孤立化を防がなければならない。そこで互いに同じような境遇の人間を集めるのである。そうすれば、物理的にも心理的にも様々な支援や対策が可能となるだろう。さらに、その子育て相互扶助グループに参加した場合、子育て給付金が支給される制度を設けるのである。そうすれば、たとえ仕事を休んでグループに参加したとしても、経済的な損失はない。むしろ経済的にもコミュニティにとってもプラスに働く。それによって、育児に関わる様々な問題を1人で抱え込まなくて済む可能性が出てくる。
 大切なのは困った時に助け合える関係性である。人は一人では生きていくのが難しい。今後は社会的なセーフティーネットを具体的にデザインしていく必要があるだろう。(593字)

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